1859text-4 季節もの・お題
□恋愛度数
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◆恋愛度数◆
本を読んでいる間、どうにも暑いのは気に入らない。ページを捲る指がじとりと汗ばみ、ページが指先のかたちに沿って丸くふやけるのなんかもう、見ているだけで嫌になる。
獄寺は貸し出し手続きを終えた本を小脇に抱え、全校にわたって節電だと言う、蒸し暑いばかりの図書館を後にした。
迷わず向かう先は応接室。そこならエアコンが付いている。ヒバリは居るかも知れないが、事情を話せばきっと室内に置いてくれる。なんだかよくわからないがヒバリは獄寺に対してだけ、やけに静かだ。
「おうヒバリ、図書館があちーんだ。ちょっとソファ貸してくれ」
ノックも無く扉を開けると、適度に冷えた空気が流れ出るように廊下の温度に混じっていく。
ひんやりとした室内に入るなり、獄寺の視界にまず入ったのは、室内のガラステーブルだった。なにやら学校という教育機関に相応しくない物が乗っていたからだ。
ワインクーラーに突っ込まれた高級そうなワインのボトルが、氷の溶ける微かな音を立てる。
「……なんだそれ」
「ノックくらいしてよ」
「悪かったな。でももう部屋入っちまったし」
「……」
俯いたヒバリは視線を泳がせ、それからためらいがちに獄寺を見つめた。
「……君の誕生日プレゼントをどうしようか、考えてたところだよ」
「オレ……? あ、そっか、そういえばこの週末か」
壁に掛かったカレンダーを振り返って日付を確認し、獄寺は他人ごとのようにつぶやいて、ソファへ図書館の本を置いた。そのまま端に腰掛けてテーブルの上へ肘を突き、並んだ品を眺めて柳眉を寄せる。
「って、どういうチョイスなんだ? ワイン、チーズ、チョコレートって……別にオレ、そこまで大好きってわけじゃねーけど、イタリアの食い物とか。っつーか、チョコレートなんかイタリアでもねーじゃねーか。何基準で揃えてんだこれ」
「……」
「あと何だ? これ」
ついでにテーブルの端に置かれていた雑誌、付箋がついたまま表紙を伏せられているのが妙に引っかかって、獄寺はそれを拾い上げた。
「あ」
気のせいかヒバリの頬が赤らんだ気がする。
何かものすごく嫌な予感を感じ、獄寺はソファーの上を雲雀から遠ざかる方向へ向かって後ずさりした。
そしてつい取り上げてしまった雑誌の表紙を見て赤面する。
「え? え?? ええ?!」
anan……?
女性向け雑誌にも関わらず、性的な特集を取り扱うのに躊躇しない、豪気な冊子のタイトルだ。そしてセミヌードを飾るのは今をときめくアイドルグループの注目株。
「えええええー!!」
何おまえ、あのアイドル好きだったの?
っていうかエロい。表紙の女の表情がエロい。なんだか知らないが不潔だ。ヒバリがとてつもなく不潔に思えて仕方なく、獄寺はその場に立ち尽くした。
どうしたらいいだろう。よくわからないけどショックだ。
また衝撃を受けている自分自身がよく解らず、獄寺は苛々した。
別にヒバリのおかずが誰だろうとどうだっていいのに、どうにも胃の辺りがムカムカして、思わず雑誌を打ち捨てる。
「っ……!」
背表紙から床へ転がった雑誌は開き癖が付いていたのか、付箋の貼られたページが躍り出た。また付箋が「ここを見ろ」と言わんばかりに目立つ見出しのすぐ脇に貼ってあったりする。
『彼に食べさせるとムラムラくる食べ物があるって聞いたんですけど?!』
「……」
◆◆
ヒバリは居心地悪そうにテーブルの周囲をうろついている。それを横目に、獄寺は淡々と雑誌の記事の本文とテーブルの上の品々を見比べた。
『チョコレートとチーズをおつまみに赤ワインで決まり!』
「てめー、い……いかがわしーんだよ!! 一体なんなんだそのテーブルに載ったシロモノは!!」
「……」
束の間目元を染めたヒバリは、開き直ったのかワインの包装を手荒く剥き始め、コルクスクリューを取り出してあっと言う間に抜栓してみせた。
テーブルの隅に置かれたグラスを取り上げ、獄寺に押しつけて強引にソファへ座らせて中身を注ぐ。
「イタリア人が愛情豊かなのは食べ物のせいもあるかも知れないよね。この食べ物みんな、なんかそういう成分が豊富に入ってるんだって」
「そ、そういうってなんだおい」
「……恋の媚薬?」
「……」
獄寺の目の前で、芳醇な香りを放つ葡萄色の液体がとぷとぷと揺れている。憤りは感じるのに何故なのか、胃の不快感は止んでいた。
「恋、なんかしてどーすんだよ……」
「さあね」
年齢不詳のヒバリは自分のグラスにワインを注ぎ、一気に煽っている。
その目元がどこかせつなげに潤んでいたから、差し向かい、漆黒の瞳に揺らぐ獄寺の表情まで、なんだか心許なく映った。
……どーすんのか、試してみれば?
一瞬の隙を突いて引き寄せられた身体、くちびるから伝わるヒバリのことばは、温いアルコールの浸透圧を持って身体の中に灼きついていく。
◆終◆