1859text-4 季節もの・お題
□右腕の憂鬱
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「獄寺氏、これボスに報告頼まれてた資料なんですが」
「あの、沢田さんに渡すつもりだったんですが、伺ったら獄寺さんに預けるようにとおっしゃった書類です」
「骸様からボスにことづて……」
「獄寺くん、集まったデータの分析お願い出来る?」
……最近、それなりに多忙だ。
だけどオレは今、あの頃理想としてた10代目の「右腕」になれた――そんな気がしてる。
このポジションを手放したくない。
充実してる毎日を絶対失いたくないんだ。
そのためだったら何だって、プライベートは全部犠牲にしたって構わねえ。
◆右腕の憂鬱◆
「ごめんね獄寺くん、忙しいのにまた甘えちゃって」
「いえ、自分、フーリエ解析とか好きでしたし! 一旦マクロさえ作っちまえばあとは自動で計算出来るんで、計算式のデータはまた別に保存しておきますね」
言いながらモニターからは目を離さず、さくさくと手を動かして10代目に渡すデータのセットを作っちまう。
こういう間違ってもよそへ流せない機密データが相手だと、些細な事務作業にしたって変な下っ端へ「やっとけ」なんて投げるわけにいかない。だいたいそういう隙からミスやら情報漏洩が起こるんだ。
「主要マフィアの武器保有数と戦力の分析、今年はリングの戦力も含めて多角的に見直そうと思ってたとこなんで。タイミング良かったッス」
「獄寺くんが居てくれて助かったよー! オレ、こういう机上の計算さっぱり苦手だし……書類が増えるのも苦手だから、こうして項目まとめて分類してもらえると処理がすごく簡単になるんだよね。オレひとりじゃ分類する項目、うまく整理しにくくて」
「10代目の超直感で感じる要素はすげえ大切なんで、また協力してデータ整理しましょう! このメモリん中にデータ入れましたから持ってってください」
「ありがと獄寺くん……!」
「あ、獄寺さん居たー! すいません、これ新しく設計したアジトの防護壁のサンプルデータなんですけど、強度はこんな計算式で大丈夫でしょうかね?!
イクス・バーナーや山本さんの強化演習にも耐えられる構造にしろってオーダーなんです、炎圧を応力にちゃんと換算できてるか心配で」
「ああ? 見せてみろ。あと前にオレ、炎圧用の計算機プログラムつくってあるんだ。共有出来るようにするから、ちょっと待ってろ、ジャンニーニ」
「お取り込み中すいませんねえ」
「そっちの作業も止めちゃならねえ大事な仕事だ。他にわかんねえ所とか、バグとかあったらどんどん言ってくれよ」
「ありがとうございます」
「獄寺さんに電話です! 風紀財団長から直々に「獄寺さんを出せ」って言われてるんですが……!」
「ああ? なんだそりゃ?! なんかすげえめんどくさい内容か、無駄に長い予感がしやがるぜ。……しょうがねえ、自分のデスクトップをテレビ電話にすっから、通話始まったらそっちは受話器置いてくれ」
「了解です」
ヒバリから連絡があるなんて珍しいな。
こんな時はだいたい、おそろしくくだらねえ内容か、冗談じゃねえくらい込み入った内容と相場が決まってやがる。
タブレットのジェスチャーで手早く操作したモニターに不機嫌満面のヒバリが映り込む。ウェブカメラと自分の位置を調整して、オレもきちんと正面から顔が見えるようにしてやった。
『ちょっと、獄寺隼人。先週送るって言ってたデータベース、いくら待っても僕の所に届かないけど?』
「は? オレは即日メールで送ったぜ」
『財団のサーバーはデータの大きすぎる通信を許可していない。添付ファイルの容量が上限を超えると受信しないで自動削除するようにしてるって言ったはずだよ。
あと財団の情報は紙媒体で保存してるから、資料は紙に出力してファイリングした上で、直接僕の所へ持って来て。サイズはA4版でよろしく』
「……はぁああ?」
そうだった……。
額に手を当ててうつむくフリをしながら、手のひらの陰でめんどくせえ、と思いっきり顔を顰めた。その話、前にもくどくど言われてケンカしかかった事があった気がするぜ。またか。
対財団のやりとりは、時々こういうふざけたディバイドがあるから嫌なんだ。この時代に紙で「持って来い」だと?! いったい誰に向かってモノ言ってやがる。
みんなそれぞれやることがあって忙しい。
オレはそのトップに立つボス、その右腕なんだ。忙しくねえはずが無ぇだろが。
大概のやりとりがパソコンさえあれば席を立たずに解決出来るっつーのに、あいつはなんだってそういうわがままを言いやがる。
少なくともあの長い廊下を突き当たりまで歩いて、しかも「和装でないと奥の間には入れられない」なんて、用意された装束に着替えて、武器を帯びない完全な丸腰を確認しねえと屋敷の主に目通りすらかなわないとか、そんなふざけた区域に出入りしているような暇は無ぇんだっつーの。
……しかし、データのフォーマットは時代錯誤のくせに、ヒバリ――あいつの目は今も昔も変わらず、鋭いんだよな。
いつもこっちの集積してるデータの意外な盲点とか、誰も気がつかなかった誤解や間違いを指摘しやがるんだ。
その点は確かに助かるから、クソめんどくさい注文にも仕方なく、いつもなら応えてやるんだが……。
ちょうどこの春から、アジトの大改修があるせいでオレの周りの雑用も今年、特に増えちまってる。
今回に限ってはヒバリの無茶振りに応えてやる時間が無さそうだぜ。いいかげんにズバっと言ってやるか、ズバっと。
「おいヒバリ」
『何』
「愛してるぜ」
『……、?』
テレビ電話のヒバリの表情が何とも言えない顔に一瞬歪み、少しばかり変に赤らんで、物言いたげに睨みつけられる。
「オレの顔が見てぇのはよーくわかった。だが今はな、オレもオレの部下も、紙に印刷したら1000ページ超えちまうようなクソ厚いファイルを作ってる暇がねえ。メディアカードにデータ突っ込んで、それを誰か適当なやつに財団へ持って行くように言っておく。あとは草壁にでも言ってそっちでファイリングなり何なり、好きにしてくれ」
『……、わかった。今回はそれで勘弁してあげるよ。だけど』
「ぁんだよ」
『僕の誕生日覚えてる?』
「ああ、こう忙しくてもレクリエーションは大切だからな。ファミリーの誕生日は全部忘れねえ。……そう、今月の5日だったな? 5月5日だろ」
子どもの日、なんてうっかり言っちゃいけねえ。せっかく丸く収まりかかってるっつーのに、あいつの機嫌を逆撫でしたら電話が無駄に長くなっちまうから。
『ちゃんと祝ってよね』
「おう、もちろん。バンケットに、松阪牛とアグー豚の合い挽きで手ごねハンバーグを用意するように言ってある。牛と豚は一頭買いで一番旨い部位を挽き肉にするつってたし、それと良いマディラワインが入ったって言ってたからな。ソースも楽しみにしていいと思うぜ」
モニター越しのヒバリの、への字に結ばれていた口元がようやく綻んだ。
こいつ、笑えばすげえ良いツラしてやがんだよな、なんてうっかり思うほど。びっくりするくらいきれいな表情で笑ってきた。
……こっちが見とれてる場合じゃねえぞ。よし。オレの勝ちだ。
『ハンバーグの玉葱は飴色になるまで炒めるんじゃなくて、僕はシャキシャキした歯ごたえがあるくらいの方が好きだ。あとデータ送ったら確認まで、折り返し電話寄越して』
「オッケー、伝えとく。電話の件も了解だぜ」
――ハンバーグの玉葱はシャキシャキが好き、と。
……じゃねえ、データまとめて部下に持たせたら再度電話、だ。
習慣で変な細かいことまできっちりメモってしまってから、ちょっと恥ずかしくなって付箋に走り書きしたG文字を睨んだ。