1859text-3 短編いろいろ

□あいかわらずなボクら
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◇あいかわらずなボクら◇


「おい! ヒバリ!! この国は危ねえ! オレはイタリアに帰る!!」

「何? いきなり騒いでどうしたの?」

「こんな小さい列島に、原発なんざ建てる奴の気が知れねえ……!
何でこんなに原発だらけなんだ、ジャッポーネは!! どこにも逃げ場が無えじゃねーか!!」

彼の開いたホームページには「日本の原発所在地」とある。
つまらないものを見てるね、と雲雀は鼻で笑った。

「仕方ないじゃない、君だって電気使ってるでしょ?
いま地震や前からのトラブルでいくつか止まってるけど、みんな電気が好きだから、これ全部稼働してても足りてなかったんだってさ。
この国は島だし、君が居た国みたいに隣近所から電気を買って来るのは無理だ」

そんなものを見るなら僕を見なよ、と獄寺の顎を掬って、無理やり雲雀の方を向かされた。首が痛い。
頭を振ってその手を振りきり、獄寺はインターネットのページを夢中で追いかけた。

「ったく島国ってのは不便だな……津波も来るしよ」

「イタリアだって半島でしょ、水没しかかってる街があるんじゃないの?」

「それはしょうがねーだろ! けど外なんか見ろよ、日本は原発のせいで毎日放射線が飛び交ってるそうじゃねーか」

雲雀の表情が固まった。

「そんな事も知らなかったのか? ……オレが毎朝ニュース見てんのに、てめーは隣で何見てやがる」

お前のアタマに収集されてんのは、まさか並盛町のローカルニュースと花粉情報だけじゃねーだろうな。
獄寺は眉間にシワを刻んで雲雀を睨みつけた。

「ふうん。……それで、一体どれだけの放射線量なの」

「……今日は千葉県の環境研究センターの測定データで、0.09μSv/hだとよ。茨城は未だこんなもんじゃねーけど」

「千葉県市原市ね。……君さ、ローマで普通に観測される放射線量って知ってる? 事故も何も無くて0.25μSv/h、だよ」

「……あ?」

「チェルノブイリの放射性廃棄物も随分飛散したらしいしね。
近隣諸国もそれぞれ原発持ってて、無い国はイタリアくらいだ。
原発が無くて電気に困ってるくせに……イタリアの人たちは日本人に負けないお人好しで、変わらない毎日が大好きなんだね」

「…………」

「ほら、電力不足って言うと「東の日本、西のイタリア」って書いてる人まで居る。僕の国と君の育った国は何だか似てるね」

獄寺からマウスを奪い、画面をクリックしながらその表情を覗き込んだ雲雀を、獄寺は腕を突っ張って引き剥がした。
そしてちょっと残念な気持ちになって、しんみりと嘆息する。

「日本って……ホント綺麗な国だったんだな」

「今まで「安全すぎる国」って言われていたんだよ。
それもこれまで運が良かっただけなのか、一部の人の努力と技術のおかげだったのか」

ふと雲雀が遠い目をした。

愛校心が高じて、将来に暴力団も真っ青な組織を築くような奴。
そして学校があるからという理由で並盛町を愛しているような執着ぶり。

もしかしたら、雲雀は日本の国土にも並々ならぬ愛着があるのかも知れない。
獄寺は絆されたように、マウスに置かれたままの雲雀の手に、自分の手のひらを重ねた。

「……ああそうだ、君がイタリアに帰るのは構わないけど、それなら2週間以上あとにしてよね」

「? 何だそれ」

「僕がパスポート申請するのに時間がかかるでしょ。
別に僕はイタリアだろうが北極だろうが、どこだっていいけど。君が行くなら」

獄寺は溜め息と一緒に苦々しく吐き捨てた。

「……ヒバリてめー……散々言っといて、実は出国する気満々じゃねーかよ」

そういう奴だった。毎回どういうつもりなのか知らないが、人がちょっと買い被った直後、だいたい必ず期待を裏切るような暴言を放つ。
それがこのヒバリだ。

「放射能なんか怖くない。それより、」

……君が半径1m以内に居ないと僕は、息が苦しくなる気がする。

獄寺の隙を突いて抱き寄せた身体に、雲雀がそっと耳打ちした。

「どこへ逃げたって変わらないでしょ。空も海も繋がってるし。
だから僕は並盛に居るよ。君もきっと僕がここに居る限り、どこにも行けない」

「勝手に決めんじゃねえ」

「まだイタリアに帰るつもり?」

「……っ、てめーだろ、ローマの放射線量が高いとか抜かしやがったのは……。
オレが10代目の所へ参れねえ場所に、行くわけねーだろーが」

素直じゃないね。

赤くなった顔を逸らす獄寺の、更に反論を募ろうとする、かたちの良いくちびる。
それはもうどれほど見つめたかわからなくて、雲雀は数千の人が居る中でもきっと、くちびるのかたちだけで獄寺のことを見分けることだって出来るような気がした。

色素の薄いそれは、顔色ごと少し赤みを増して、まるで雲雀にくちづけをねだっているみたいにも見える。
ふと口角を吊り上げた雲雀は、どこの国に行ってもふたつとないそれを、そっと吸い上げた。


時計を振り返る。
もうすぐ電気が消える時間だ。

冷蔵庫も給湯器も何もかも、生活の中に溶け込んだモーター音の全てが鳴りを潜め、往来を走る車のエンジンの音さえまばらになる。
次第に外の喧噪も遠ざかって、夕暮れは本物の闇と静寂を黙々と連れて来た。

「……どうせ暗いんだし、今日は目隠しでもどう」

「ああ?! ふざけんな!! おい、バカ!! ちょっ、ホントに何も見えなくな、っ……!」

君と一緒なら、毎日停電してたって構わない。

そんなことばはさすがに不謹慎過ぎるかも知れない。

雲雀の口はそれ以上喋るのを止めて、行為に集中した。
身体が生きている、五感の動作を確認するみたいにして、獄寺を煽る。

「あ、……っ、」

乱される呼気が空気を震わせる。

獄寺は一点の明かりもない暗闇の中、チープなムーブメントが時を刻み続ける音を、必死に追いかけた。

暗がりの中、喘ぐ獄寺の口から垣間見える歯の白さが、宵闇に慣れた雲雀の網膜を灼くようだ。
そして傍らの体温を探すように獄寺の手が彷徨っているのを見つけて、伸ばした指先をゆっくり重ねるように絡ませる。

「や……あ、あ、あ……、っ、もう出る……っ」

「今日はやけに早いね」

雲雀が口元を綻ばせた気配が伝わる。
それが獄寺には途方もなく鬱陶しくて、気恥ずかしい。

「うっせえ、黙れ! ……っあ、ああ!!」

静か過ぎる室内で、雲雀が喉を鳴らす音まで聴き取ってしまった獄寺は、耳まで真っ赤になった。

そのまま熱を持つ耳元にくちづけて、雲雀がしれっと囁いた。

「ねえ、ニューヨークが大停電した年、出生率が上がったんだってね」

「……バカ言ってんじゃねえ!!」

「だってやること無いじゃない。
それとも君がピアノを弾いてくれるなら、このまま何もしないで黙って聴くけど」

「オレで暇を潰すな!!」

「そんなに怒らなくてもいいじゃない。電気だって節約出来てるんだろうし」

いつの間にかエアコンの風が途切れた室内に、窓から冷気が忍び寄る。
それでも確かに寒くはない。

何も言えなくなって、獄寺は赤くなった首を竦めた。


◇終◇

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