1859text-3 短編いろいろ

□ご恩と奉公
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 新学期の校内、正月ボケをひきずった表情の綱吉と山本を教室へ置き去って、獄寺はひとり応接室へ急いだ。

「――ヒバリ!!」

「……」

 妙に朝早い時間、ノックもなく突然開け放った扉。
身勝手に応接室を占有している部屋の主が一瞬、面食らった表情で来客の姿を見つめた。
一瞬かち合った視線が獄寺の頭から足元まで、冬休み明けの姿を確かめるように舐めていく。

「獄寺隼人」

 明けましておめでとう、などと日本人らしい文化に則ったことばも、朝の挨拶すら交わすこともなく、不躾に呼ばわれる名前。
旧年中と何ら変わらない雲雀、獄寺はどこかそれに気分を軽くしながら、慇懃無礼に室内へ押し入った。

「学年不詳のお前に相談がある……ちょっと社会科の内容で判らないとこがあるから、教えろ」

 余計な冠詞がついた気がするが、続くことばに好奇心をそそられた雲雀はそれを聞き流し、獄寺の入室を無言のうちに認めてやる。

「ふうん……? そこ、座れば」

 雲雀の顎が獄寺を促した。
ぎし、と黒い皮を鳴らしてソファーに獄寺が腰掛けると、部屋の隅にそっと控えていた草壁が「緑茶で構いませんか」、と二人分の茶を用意し始めた。

 久々に登校する生徒の喧騒が窓の外から遠く聞こえ、ポットから立ち上った湯気が、冬の乾いた空気を幾分加湿していく。
妙なもてなしの気配が漂って、つかぬ事をひとこと聞きに来ただけの獄寺は、思わぬ応対に何だかむずむずした。


 獄寺は応接室に新年一番でやって来た客だった。

 まるで小学生のような素直な学校好き加減で、新学期を心待ちにしていた雲雀。
 
 無駄に朝一番で登校したまでは良かった。しかし応接室に冬休み中溜まったホコリをチェックする以外、特に早朝やるべき用事も無かったのだ。

 草壁が室内をあらかた拭き清めると、ついに空いた時間を持て余して「やっぱり校門前で服装チェックでもすればよかったかな」、などと生徒の登校が始まってからごちていた矢先だ。
だがそんな風紀委員会上層部の退屈な事情まで、獄寺は知らない。

 新学期早々乱れた服装で登校してくるのはむしろ、服装のカスタマイズに変な熱意を持っている獄寺くらいのもので、何時そのジャラジャラした格好を咎めてやろうかと風紀委員長が楽しげに隙を窺っている気配は、客用の茶碗を拭いていた草壁の背中にも感じ取れた。

「10年後、地下に建造してた風紀施設……あの凝った部屋って日本の城の中そのものなんじゃねえのか?」

「別に……君には関係ないよ」

「それが質問に答えるっつった奴の言う事かよ」

「……ちゃんと答えてるじゃない」

 眉を顰め、彫りの深い目元を尚更翳らせた獄寺に、しれっと答えてみせた。それは確かに雲雀らしい答えではあったが。
その実、現在の雲雀には答えようの無い質問だったのかも知れない。

「実はジャッポーネの歴史風俗に詳しかったりすんじゃねーのか、お前」

「僕にわざわざ何を聞きに来たの? そんなの、年始のドラマとか時代小説でも見る方がよほど判りやすいじゃない」

 わざわざ10代目を教室に残してまで聞きに来てやったのに、時間の無駄じゃねぇか。

 年明けから今日まで真剣に考えていた自分がばかばかしく思え、八つ当たりめいた苛立ちが獄寺の口を突いた。

「ったく、役に立たない委員長様だなオイ……!!」

「……それが人にものを聞く態度?」

 無遠慮でつっけんどんな物言いの応酬に、相談の場があっという間に喧嘩のステージへと覆されていく。
絶妙な頃合、それはおそらく計ったタイミングで、草壁が二客分の茶を盆に載せて運んで来た。

「……八女茶の玉露です、どうぞ」

 ついと差し出されるまま、不機嫌に眉を顰めた獄寺は黙って茶托から湯呑み茶碗を取り、口へ運ぶ。

 とろりとした葉の緑、淹れたてなのに熱すぎない茶が心地よい温度で獄寺の臓腑を潤していく。
茶碗の向こうを上目で見遣れば、向かいの雲雀も同じように大人しく茶を啜っていて、控える草壁にちらりと目を移した獄寺は思わず嘆息した。

 ――風紀委員会副委員長、草壁。

 いつも謎の草をくわえている不思議な風体の奴だが、つくづく人間が出来ている。

 ほんのりと甘い、極上の茶葉の香りが鼻腔を満たし、文字通り溜飲を下げた獄寺は、少し気長に遡って説明を始めた。

「……いや3が日……、ちょうど10代目が風邪だっつって、お伺いしたらお母様に断られて暇だったから、ちょうど時代劇の長いやつを観てたんだけどよ……」

 日本の封建社会、そこに介在した心理までは獄寺にも今ひとつ納得しきれない。
獄寺が雲雀に問いたかったのは、絵面だけでは理解しきれない武士の心だった。

「お前とそこの副委員長とか……その、主従関係って言うのか? 社会で習った日本の封建制度、まんまじゃねえか」

 鎖国された江戸の時代、御家人は将軍に奉公し、将軍からご恩を賜ることで世を生き延びていた。
それは資本主義的な利害関係に繋がれた、現代のサラリーマンにも似る、閉じられた社会の構図。

「――なあ、ご恩って何なんだ?」

「十両箱とか米俵じゃないの」

 とりあえず教科書通りのつまらない説明を述べた雲雀へ、獄寺が被せて質問する。

「……江戸時代ならそうだろうけどよ、」

 現在における封建的な社会での”ご恩”とは一体何なのか。

 ……もっと正確に言えば、獄寺が答えを知りたかったのは現代の一般社会ではない。
マフィアの右腕とボスの関係性におけるそれ。

「お前と副委員長の間の……ご恩、って何なんだよ」

 雲雀が湯飲みを抱えたまま、処理の落ちた画面みたいに動きを止めた。
なかなか普段に見ることの無い、レアな表情だった。
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