1859text-3 短編いろいろ

□アメリカンドリーム
1ページ/4ページ



不意にポケットの中が断続的に震える。

メールの着信を知らせる間隔。
それは校舎の屋上の端で物想いに暮れながら、ぽつりと喫煙していた獄寺を現実の居場所へと引き戻した。

滑らかに塗装されたプラスチック筐体を掴み出し、ほとんど無意識の動作で小さな液晶画面に内容を表示させる。

”non title”。

獄寺の携帯電話に登録されていない、アルファベットが並んだメールアドレスそのままを名前として扱われた差出人。

……namimori……?

その短くないドメインの中に、ローマ字とも取れる並びを見つけて、獄寺はそのままメールの本文を表示した。

親しみ深い町名、学校の名前に繋がるスペルにどきりと心臓が鳴る。


”放課後、ここで待つ”


手短な文章の下、行間に浮かんだのは仏頂面の雲雀、奴が必要最小限の文章を迷い無く打ち込む様。

一体いつの間に獄寺のメールアドレスを入手したのだろう。

素朴な疑問は不思議から始まって、その破天荒な振る舞いを連想させ、奴ならそれくらい容易い事に違いないと獄寺に納得を促した。

改行をひとつ挟んだ下、地図を示しているらしいハイパーリンクが記されている。
一瞬ためらって、表示を指定のアドレスに切り替えてみる。

町内のバイクショップだ。

名前で言われたところで判らないような、小さな店。しかし地図の詳細、どこか目に覚えのある店名のロゴに、付近の風景ごと店の佇まいが思い出された。


◆アメリカンドリーム◆


雲雀のそう重くない体重を今日まで支えてきた、メタリックのボディ。

塗装のつやは随分失われ、出来るだけ雨晒しにならないよう注意はしてきたものの、すっかり劣化した表面には雨水による細かなウロコ模様が染みている。

かつてはデザインの粋を誇り、国内外でその人気を博したカタナ。
そのバイクは馴染みの店の前にいつもの姿で停まっているが、既に雲雀はその所有権を手放した後だ。

乗り換えは不本意だった。
しかし雲雀は、その親しんだ車体より遥かに魅力的なものを手に入れた。

車体の銀色とは質の違う、滑りの良いキューティクルに覆われた銀色。
弾力のあるまっすぐなその髪を、指で梳かした時の感触を思い出す。

二者択一なら、選び取るのは彼以外に考えられない。

全てが走るためにある、無駄の削ぎ落とされたネイキッド。
そのカテゴリは甘ったるいシチュエーションを愉しむ目的で生まれたわけではない。

とりあえず座面を貼っといた、とでも言いたげなリアシート。
一見面積だけはあるように見えて、そこには男がゆったり座れるようなゆとりは無く、折り畳みのフットスタンドは妙な位置に小さく付いているきりだ。

かたち良く伸びた彼の脚を折り畳んで載せるのに、それはどうしても窮屈げなレイアウトに見えた。
いちいちカーブで獄寺の膝をアスファルトで砕かないか気にしながら走る、そんなの面倒な話だ。

雲雀は店の前の通りに停めてある、黒いバイクに視線を移した。

”ならず者”の名を冠した威風堂々たる車体。

傷の一つも許さないかのように磨き込まれ、グロスブラックと艶を抑えた結晶塗装が陰影を醸すボディ、車体はエンジンまでもが個性的な黒で彩られている。
そしてツートンカラーを成したフロントフォークとマフラーの銀色、新車独特の濡れたように輝くメッキが眩しい。

納車なら自宅まで運んでもらえば良かったのだが、ヘルメットの用意を考えた雲雀は、店の前でバイクを眺めながら獄寺を待った。

「……よう」

そんな折、制服を着崩した獄寺がいかにもダルそうに歩いてくる。
通学路を歩いていたら偶然雲雀を見つけた、そんな感じの無感動なリアクション。
しかしその片手には携帯電話が握られている。

雲雀が送ったメールを見、店を確認しながら歩いてきたのだろうか。
近付く靴音、待ち合わせた雲雀と獄寺の狭まっていく距離は、目視で確認できる物理的なそれだけではない気がする。
脈拍が少し急ぎ足になった。

「良いところに来たね」

「お……おう、お前のバイクって、そんなアメリカンスタイルだったか?」

「別に。特価品だったから乗り換えてみただけだよ」

嘯いて、獄寺に付いてくるよう目で促した。


薄暗く窮屈な印象の店内、所狭しと壁面に並ぶカスタムパーツ。
払いきれない埃に適当なチューニングで流れるFMラジオのノイズが入り混じり、雑然をきわめた売場。
客は雲雀と獄寺だけだというのに妙に落ち着かない。

見本のヘルメットがぶつかり合いそうな間隔で並べられた壁の手前で、雲雀は唐突に獄寺を振り返った。

「ぶっ、」

雲雀の背中に前方を塞がれた獄寺が進むまま肩にぶつかり、勢いに揺れた銀色の頭が雲雀の目前へ迫る。

雲雀はそのまま両手で獄寺の頭を包み、そっと撫で下ろして髪の上から頭蓋骨のかたちを確かめた。

「……やっぱり小さいな」

「……ぁあ?!」

別に詰っているわけでもない。
なのにいちいち突っ掛かってくる獄寺、その反応が実は、小学生みたいな心理と行動原理に基づいてるのは最近知ったことだ。

不便なことばの代わりに、獄寺のつむじに素早くキスを落とした。

雲雀は腕に獄寺の肘を引っ掛け、そのままレジへと、狭すぎる通路を牽引していく。

「ちょ……っ、おい、離せ……っ!」

後ろから抗議する、甘いトーンのハスキーボイス。
仕方ないので一応振り向いてやると、眉を顰め、顔面いっぱいに朱を掃いた獄寺が、雲雀の絡めた腕を咎めている。
目の縁まで赤く色づいた青い瞳、間近いそれと視線がかち合う。

思わず引き寄せ、そのうす赤いくちびるに触れたくなる衝動。

沈黙の下にそれを全て押し殺して、レジのある方向へ向き直る。

「君って……ホント、すぐ赤くなるよね」

「うっせえ! 勝手に呼びつけといてケンカ売ってんのかてめーは!!」

……そんな筈無いじゃない。

短い通路の先、すぐそこまで春が近付いた柔らかい日差しが、ガラスの扉越しに外から差し掛かっている。


見慣れた店員が立つレジカウンターの隅には、邪魔なので預けていた、雲雀が元々使っていたメットを置いてあった。

「これ、やっぱりまだ使うよ。あとさっき試着したやつ」

「……はあ」

商売っ気の足りない、接客にはおよそ不向きなツナギの店員が素っ気なく応え、少し傷のある黒いフルフェイスをカウンターからそっと押し出した。
続けてカウンターの下から、控えめにシルバーのペイントが施された、ジェット型のヘルメットのパッケージを取り上げる。

「箱は要らない。すぐ使うから」

「取説は?」

「要らない」

雲雀が置いた新品のヘルメットの会計を手早く済ませ、店員が釣りを差し出した。

「今日、夕方にわか雨だって天気予報が言ってましたよ」

言いながら無駄に大きいパッケージから緩衝材をどけて小振りのヘルメットを取り出し、余計な注意書きと通気孔に貼られたシールを剥がしていく。

「ふうん……。それなら、ちょうどいいかな」

意外そうな店員の視線を背中で受け止めながら、足早に新車の元に向かう。
一連のやり取り、それを黙ったまま眺めていた獄寺が雲雀の後を慌てて追ってくる。
なんだかそれが妙に可笑しくて、心持ち浮かれた気分にさせた。

衝撃吸収材の匂いも真新しいメットを着け、雲雀はバイクのキーを捻ってエンジンを始動させる。
スロースタートでやけにバタバタ言うそれは、昨日まで聴き慣れた排気音とは全く異質のもの。
違和感、そして一抹の寂しさ、雲雀は雑念を無視して新品のシートへ低く跨った。

「おい……どこ行く気だよ」

人を呼びつけといて。

尤もなことばにエンジンをかけたままバイクを降りると、雲雀はリアシートに乗せていたフルフェイスのメットを取った。
獄寺の小さい頭に、上から押しつけるようにして被せる。

「がっ……!」

実はラインナップ上でも一番小さいサイズのそれ。
雲雀が元々使っていたヘルメットのベルトを調節して安全を確保してやる。
いきなり頭を歪める勢いで窮屈なヘルメットに閉じこめられ、ベルトで息苦しく固定された獄寺がもがいた。

「おい……っ!」

「早く後ろ乗って。行くよ」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ