1859text-3 短編いろいろ

□Dammi del tu!
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◆Dammi del tu!◆


何かとこいつはオレに対して突っかかる。
そしていつでも何か物言いたげだ。

何かがなんなのか、そんなのはオレの知った事じゃねえ……そう思ってたってのに。

「なあ、恭弥」

「……何?」

「お前さ、敬語話す気もねえのに、オレのことだけ「あなた」とか言うのよせよな。お前だって気持ち悪くねぇのか」

後をつけられると言うのは、誰しもいい気持ちがしない。

しかもそのつけてくる相手が雲雀恭弥、廊下で出くわしたまま、ずんずん付いてくるとなれば尚更だ。
押し黙りながら歩くのも気詰まりで、ディーノは思いついた事をうっかり口にしてしまった。

……例えば隼人の事なら、「君」。
で、オレは「あなた」。

もちろんイタリアと日本の文法は違う。
とは言え、なんとなく雲雀に見下されているみたいでディーノの気分は悪かった。

「……わざと言ってるんだけど」

「は?」

人の訊ねることにはロクな返事をしないし、何故かいつでも上から目線。

……こういう手合いはアレだ。

自分自身なのか、自分の持つものなのか判らない、だけど自慢したい何かがあって、きっと隙あらばここぞとばかりに持論を展開するタイプと相場が決まってる。

それでも可愛い奴なら面倒を見てやるのは、嫌いじゃない。……が。

ことに恭弥に関しては、その行動原理がいかにも中学生らしい思考に基づきすぎてると言うか、……あまりにも可愛げが欠けていて、世話が面倒くさすぎる。

だからあんまり深い話なんかしたくなかった。なのに何なんだ。

「……あの子がね。僕の日本語は、イタリア語を直訳したみたいに自己主張がストレートだ、って言ってた」

「あの子? ……イタリア語? ……は?! 隼人が?」

思わず立場を忘れて問いただしたくなるのを、ディーノは寸前で止めた。

そうだ、これはきっと罠に決まっている。

「そう、獄寺隼人だよ。
日本の授業は暇で眠いらしいから、時々応接室でイタリア語を教えてもらう事もあるね」

「な……?!」

――な、なんで、なんであの可愛い隼人が、可愛げの微塵も無ぇお前……しかも他人に物を教わるのなんか大嫌いのお前にだ、母国語なんか教えてんだ――?!

いや。……多分ここで動揺したら負けだ。

これはブラフだ。何だか知らない、だがとにかく、恭弥がやけに饒舌なのが危険すぎる。

不本意だが、雲雀恭弥の主張したいこと……あるいは自慢したい何かが、うっすらとイメージ出来てしまった気がする。
ディーノは内心冷や汗を拭いながら作り笑いを浮かべた。

この際ハッタリでも何でもいい。イタリア男の気概を見せてやれば、このクソガキもちょっとは隼人から引くかも知れない。

「お、お前と隼人が例え仲良しだろうとな、どーせそんなん子猫のじゃれ合いを見るよーなもんに違ぇねえぜ。
オレは嫉妬なんかしねえ。オトナの余裕があるからな」

オレたちラブラブなんだよ。そう。ラブラブ。隼人はツンデレだから、愛情表現がまったく素直じゃないけどな。
別にイタリア語の一言二言くらい、教えてやったところで減りはしない。

「あっそう」

雲雀の返事、むしろ応えを返してきたその顔を見た瞬間。
思わずディーノはイラっとした。

……何なんだ、そのドヤ顔。

正直を言うなら、オトナの余裕もへったくれも無い。

今度会ったら言っておこう。イタリア人の方が絶対、いろんな意味で隼人を幸せに出来るって。
そうだ、オレ以外に隼人を幸せに出来る奴なんて居ないんだ。

かつてディーノの熱烈アプローチに転ばないイタリア人は居なかった。

(隼人が何故か未だにオレを邪険にすんのは、たぶんオレの事が好きすぎて照れてるんだとばっかり思ってたぜ……)

そんなところも可愛い。ああもう、どうしようもないくらい惚れている。
しかしとんだライバルが近所に居たもんだ。オレとしたことが迂闊じゃねぇか――。

「……イタリア語は、”tu(君)”で話すのが「相手を対等に見ている」表現、”Lei(あなた)”は目上か目下。
単純に「年増」って意味もあるんだってね……ちょうど良いじゃない」

「……お前、それ……知ってて今までずっと?」

「そうだよ。はじめは獄寺隼人に”amore”の表現を教えてもらおうと思ってたんだけど、ついでに基礎も教わった」

「ぁあ?! ……アモーレだと?! 恭弥が?? 隼人に?!」

ディーノは思わず叫んだ体勢のまま凍り付いた。
そして廊下の突き当たりで埒の開かない会話を繰り広げる真っ最中、銀髪の天使がふらりとやって来た。

「ああ? 跳ね馬に……ヒバリじゃねーか」

そして天使は恭弥に微笑むと、何か文庫本くらいの包みをその手に押しつけてそっと耳打ちした。

「ラブレターの書き方ならやっぱり恋愛小説が一番かと思うぜ。うまくやれよ、じゃあな」

内緒話が大して小声になってないあたり、こいつもイタリアの血が濃いなって思うぜ。

ディーノはしみじみと実感した。
とんでもない勘違いを訂正する間もなく去った、獄寺の後ろ姿を脱力しながら見送る。
余りにも抜き打ちの登場に、今度会ったら伝えようと思った本場イタリア仕込みの愛の表現すら出ず終いだ。

「ねえ。今にあの子から”amore”を実習させてもらうのは僕だよ。
……いいオトナが邪魔しないでよね」

「え? な……?! いま、何つったお前――?!」

「邪魔者は全員咬み殺すから」

その後、ディーノが雲雀の説得およびチーム勧誘に失敗した、いやむしろ勧誘し切れなかったのは――言うまでも無かった。


◆終◆

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