1859text-1 きりりく・捧げ物再録集

□春らんまん
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 瑞々しく甘い、春の芳香。花と芽吹いた緑の匂いを含んだ風が吹き抜ける。
霞むほどに咲き誇る桜に囲まれて、仰いだ天は薄桃色にほぼ覆い尽くされていた。

 花見もすっかり恒例になって久しかった。

 獄寺がランボに確保させたブルーシートの上へ、何の気まぐれか今年から急に参加を表明した雲雀が、さも当然のように真っ先に靴を脱いで上がる。その後を追った獄寺は目をつり上げて雲雀を怒鳴りつけた。

「ヒバリ! 上座は10代目が座るって決まってんだ! なに我が物顔で上がってやがる!!」

「……この群れに花見を許可したことを、もう少しありがたく思って欲しいものだね」

 きっちりと一分の隙もなく黒いスーツを着こなした風紀財団長は、他の花見客が目に入らない景観を求めて広いシートの上を歩き回り、ぐるりと一周すると納得したようにつつじの植え込みと桜の大木に面する位置へ腰を下ろした。

「獄寺隼人、君はコップとウーロン茶持って、ここに座りなよ」

 ごく自然な動作で胡座をかいた膝をぽんと叩き、獄寺の顔を見遣って顎をしゃくる。

「……っざけんな!! オレだってハタチだっつーのに……!」

「ご、獄寺くん!! ここで喧嘩はだめだよ、警備のお巡りさんがこっち見てる……!」

「ったく……恭弥は幾つになったんだ? 隼人達も成人したって、ちっとも変わんねえな」

「若くて羨ましいんだろ? ボス」

「しかしこれだけ人数多くて座れんのか? ……あと黒曜のやつらとシモン、風紀財団の連中まで全員来るんだっけな?」

「ああそうだ、向かいのシート、そこ一帯は財団の確保した場所だからね。好きに使っていいよ。いま僕が座ってるこのシートは、僕と獄寺隼人専用にさせてもらう」

 舗装された散歩道の両脇に沿って続く、桜並木の対岸を指して雲雀が宣った。羞恥と怒りで獄寺の顔が桜色を通り越して紅に染まる。

「はあぁ?! 何ほざいてんだてめえ!」

「哲、ああ、それこっちに置いて」

 そしてダイナモとコードリール、アンプを載せた台車を押しながらやって来た草壁が、雲雀の指図通りに敷物の上へ機材を手際よく配置していく。雲雀はどこからかマイクを取り出し、勝手に配線を始めた。

「……な、なにやってんだ?! ヒバリ……」

 思わず呆気に取られた獄寺を、元風紀委員の下っ端達が突然、タイミングを合わせて羽交い締めにする。5人掛かりで両腕、両足、頭まで押さえられ、いつの間にやら用意されていた屏風みたいなパーテーションの陰に押し込められた。獄寺の視界が急に真っ白に染まる。

「……っおい! 何の真似だ!! 離せっ、離せ!! 果たすぞゴルァ!!」

「ああ、両手はこれで留めといて。暴れると危ないし、せっかくの支度が台無しになる」

 雲雀が気安く投げて寄越した手錠に獄寺は目を剥いた。そのまま拘束された身体へ被さって、雲雀は獄寺の首からネクタイを抜く。

「ヒバリ?! うあ、ちょっ……なに、なんだてめー、こんなところで人の服……、っ、スーツ勝手に脱がしてんじゃねえ!」

 仕切りの向こう側でなにやら如何わしい押し問答が繰り広げられ、屏風の脇に剥ぎ取られた獄寺の服がぽいぽいと投げ置かれる。ジャケット、ワイシャツ……アンダーシャツとスラックスまで剥かれているらしい様子に、対岸のシートに避難しながら様子を見ている綱吉も山本も気が気では無い。

「ヒバリさん……あれ、何やってるのかな……」

「花見だし、何かの余興かと思ったんだけどな、いったい獄寺に何させる気なんだ……?」

「あー、テステス。テステス」

「いやだやめろふざけんな、こんなの絶っっ対ぇっ、嫌だぁああああ!!」

 草壁がマイクを持ち、スピーカーの音量が充分であるか確認している。屏風の陰から獄寺の絶叫が聞こえ、純白のシルクサテンがひらりと裾を翻した。

「えー、皆さん、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。
これより、新郎、雲雀恭弥と新婦、獄寺隼人の挙式を人前式にて執り行わせていただきます」

「え……えええええー!!」


◆春らんまん◆


 毎年やたら広い敷地を確保して、余所の花見客が景観を邪魔しない、まるで江戸時代の大名みたいなかたちの花見しかしないはずの雲雀。
それがなぜか今年に限って、ボンゴレ及び関係者一同で大々的に行う花見へ参加すると言い出した。

 コイツにもようやく守護者としての自覚が芽生えたか? と、獄寺が安堵するには早かったようだった。

 花見会場、いや挙式会場と化した桜花の下、感涙にむせびながら草壁が式を進行していく。

「では、この二人を夫婦と認める方は、祝福の拍手を!!」

「ちょ、ご、獄寺くんがヒバリさんの妻だなんて……」

「ああ、オレも思いっきり異議ありなのな……!!」

 しかし圧倒的多数の風紀財団構成員の手、そして興の乗った通りすがりの花見客の手によって、割れるような拍手が辺りを取り巻いている。
ファミリー内数名のつぶやきみたいな異議はその拍手をかき消すには至らない。

 有無を言わさずこの花見の出席者全員が結婚を承認させられるかたちになり、綱吉も山本も周りを見回しながら困惑したその時、耳障りな高音ノイズを響かせながら、手を叩く音より尚、大音量で立ち向かった男が一人だけ、いた。

「……この結婚に、異議を申し立てる!」

 拍手の音を裂いたのは拡声器を手にした骸だった。

 数に圧倒され、半ばあきらめるように結婚を了承させられかかっていた山本と綱吉は、思わずそこで拍手をした。

「……人の恋路を妨げると、ろくな死に方しないよ」

 裾捌きが叶わないほどたっぷりとした、見かけよりも遙かに重厚なフリルで出来ているプリンセスラインのウエディングドレスを纏わされ、視界を覆うようにマリアベールを固定されて、両手は雲雀のボンゴレギアで束ねられた間へブーケの持ち手をねじ込まれている、すっかり身動きの取れない獄寺が辛うじて自由になる口で骸を支援した。

「たまにはいい仕事しやがるじゃねえか、骸……!」

「新婦よりお褒めいただけるなんて光栄です。彼は僕が花嫁として貰い受けます!」

「……あぁあ?!」

「……」

 眦を決した雲雀のジャケットの袖からトンファーが滑り出る。
しかし余裕の笑みを浮かべた骸は、懐から素早く何か取り出して雲雀に投げつけた。雲雀の足元に投擲されたのは、まるで駄菓子屋にありそうな蛍光色がやけに目立つ、安いプラスチックで出来た玩具の籠。

 小さな虫籠の入れ口の蓋は接地した瞬間に外れて全開になり、数十匹、いや数百匹を越えていてもおかしくないような蚊柱、縞模様をした蚊の大群が薄黒く色づくほどに雲雀を取り囲んだ。
耳障りな羽音は草壁の握ったマイクにまで届き、増幅されたモスキート音がスピーカーから辺りへ響きわたる。

 トンファーで凪ぎ払うにも地表近くから群がる蚊は、ゆらゆらとまさに霧そのものの密度で雲雀を取り囲んでいた。

 スラックスの裾、袖口、隙間からそれぞれ進入したトライデントモスキートの有幻覚が肌に触れる、気味の悪い感触がした。

「……っ!」

 視界が。桜が、回る。

 シャマルを伴って雲雀の元へ駆けてきた綱吉の顔が目に入る。しかし雲雀の視界は全ての景色をことごとく歪めていた。
ピンクが溶けた奇怪なコントラストのマーブル模様が網膜に焼き付いて、残像を残しながら風に吹き散らされた砂塵のように解けていく。

 まだ祝杯を口にしてさえいない膝が抜け、皿の骨を強か地面に打ちつけた衝撃で雲雀は身体が地面に倒れ伏したことに気がついた。

 必死に顔を上げて仰ぎ見た獄寺は、かどわかされる姫の如く骸に横抱きにされている。その姿へ精一杯手を伸ばして雲雀は叫んだ。

「あの子は……獄寺隼人は、妊娠3ヶ月目なんだっ……!」

「な……?!」


◆◆


「ったく、しょうがねえなあ……トライデントモスキートは拮抗薬でしかねえのに、どれだけ刺されたのか判らねえんじゃ手に負えねえっつんだよ。花見だっつーのに、カワイコちゃんナンパすんの諦めて、なんでこんなかわいくもねえ坊主の治療なんか……」

「いいから! 早くヒバリさんを治して!! 獄寺くんは腰、冷やさないようにして!! ああもう、オレに座布団なんか勧めてないで、自分で2枚重ねにして使ってよ! これはボンゴレのボス命令だよ!!」

 結局ブルーシートの上に全員が着座し、獄寺の衣装はそのまま、ややキレ気味の綱吉の剣幕に押されながら花見が続行されることになった。

「……雲雀恭弥、あなたがここまで外道な人間とは思いませんでしたよ」

「君が外法な真似とかするからでしょ」

 骸がいささか憔悴した表情でビールを煽っている。あっと言う間に干されていくコップに山本は同情しながらおかわりを注いでやり、ついでに自分のコップにも手酌でなみなみと注いで一気に喉へ流し込んだ。そうでもなければやっていられない。そんな風情だ。

 雲雀と獄寺は、去年のクリスマスイブを境に交際するようになっていたらしい。

 もちろん感情表現がストレートでない獄寺が自分からそれを周囲に報告することも、雲雀が必要以上に関係者一同へ申し渡すようなこともない。そうして二人は人目を忍んで愛し合っていた。

 真っ先にそのことに気がついたのは、雲雀に負けないくらいの強さで獄寺に恋焦がれていた骸だった。

 やけにボンゴレアジトへ姿を見せる頻度が増した骸を獄寺が訝った矢先、骸は空き会議室へ獄寺を閉じこめて、無理矢理に抱こうとした。

 しかも骸は、獄寺を単純に強姦しようとしたわけではなかった。

 骸にしか出来ない方法で獄寺の身体を抱き、雲雀との仲を本気で裂こうと企てたのだ。
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