それはきっと
□微かな優しさ
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牛鬼組に来てから早くも三日。
「…………暇」
暇としか言い様が無いくらい暇で暇で仕方ない。丸二日は結局誰とも会話を交わしもせず、ただただ天井を見つめていた事になる。
相変わらず体の痛みも引いていない。
私がこの部屋で出来ることと言ったら、寝ることと考えることと、周りを観察する事くらいで。
その間に色々考えていて、不安な事が次々と沢山思い浮かんだ。
両親は一体どうしたんだろうか。無事に家に帰れたのだろうか?帰らない私を心配してるんだろうか。
今日は平日、普通なら登校していつもの授業を受けて、友達と他愛ない話をしてたはずなのに。
またそんな毎日に戻ることが出来るのか、分からなかった。
その時、かた、と襖が小さく揺れる音がした。
「…………」
しばらくじっと襖を見つめていたが、それきり襖は開きもせず動く様子もない。
「……誰か、居るの?」
半分独り言のように呟くと、襖の向こう側でぴくりと影が動いた。
その人物は、はあ、と溜め息を一つついてから観念したように姿を現した。
「あ、えーと…牛頭丸さん…?」
「…゙さん゙付け止めろ、気持ち悪い」
「え、じゃ、じゃあ、……牛頭丸?」
「…………。」
「…嫌なの?」
「…いや、いい」
牛頭丸は私の脇にあった、空になった食器を下げると、私に向き直った。
初めて視線がしっかり合った。こっちが背けたくなるくらい、強い眼差しというか目力というか。
「…一つ、謝っとこうと思ったんだよ」
「え」
何のことなのか分からないできょとんとする私に、面倒な奴だな、と口には出さなかったけど思われたのは何となく分かった。
「…あの時、お前を襲ったのは俺の部下だ。……悪かった、な」
「あ…………」
そう言えば、あの時そんな素振りだったような気がする。だからこそ、あの妖怪はあんなにも怯えてたんだろう。
ちょっと粗相をしたら上司に見付かった、なんて人間世界じゃありふれた光景だけど、此処ではそんな生温いものじゃない様だ。
運良く助かった、くらいにしか思ってなかったけど、あの妖怪にとっちゃ不運でしかなかったんだろう。
助かったからそう思えるんだろうけど、少し不憫にも感じた。
「……責任感、強いね」
「部下の不始末くらい面倒見れねーで牛鬼組の当主は継げねえよ」
牛頭丸は少し誇らしげにそう言った。
「牛鬼様は俺らの面倒事も全部見てくれてんだからな」
「…憧れ?」
「…ああ」
微かに口元が、微笑んでいたようだった。本当に牛鬼を慕って、尊敬してるんだろう。
こんなに嬉しそうに話をしてくれたのは初めてで、私も嬉しかった。
「……いいな、牛頭丸は」
「…は?」
「そんなに大切な人がいるのって、凄く羨ましい」
「…お前にだって居んだろ?」
「…………」
家族。友達。勿論皆、大切な人には違いない。
けれど、もしその人達の代わりに死ねと言われたら、私はきっと逃げると思う。
結局、今私の一番大切な物は自分だ。
命を懸けてまで護りたいものなんて何一つない。
だから心底、牛頭丸を凄いと思う。
「…お前」
「ん?」
「……独りなの?」
「…………え」
意味が分からない。
「…いや、何でもない」
「…あ、う、うん…」
また、重い沈黙。
なんて言葉を掛けたら良いのか、やっぱり分からなかった。
暫く経った頃、それまで目を伏せて何かを考えていた様だった牛頭丸が、ぽつりと一言言って立ち上がった。
「…喋り、すぎた」
じゃあな、と素っ気なく言って、そのまま去ってしまった。
また、一人この静かな部屋に残された。
「…………独り」
どういう意味、だったんだろう。口に出してみても、牛頭丸がそう言った意図が掴めない。
ふと、さっきまで牛頭丸がいた場所に目をやった。
するとさっき迄無かったはずの物が目に入ってきた。
数冊の本が無造作に積み重ねられている。
忘れ物かな、と思って一番上にあった一冊を手にとり、ぱらぱらとページを捲った。何とか理解出来る程度の難しい文章が難しい字で並んでいる。
「……あ」
そうしてるうちに、ひょっとしてこれは気遣いなんだろうか、という考えが浮かんできた。
何もない部屋で退屈してた私への。
…多分そうなんだろう。
でないと本を持って来た意味が分からない。
「…ありがと…」
きっと彼の耳には届いてないだろうお礼を呟いて、残りの本に手を伸ばした。