よんアザ短編

□その果てに
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耳を突く目覚ましの音で目を覚ます。



嫌な夢を見た。
全く持って、嫌な夢だ。



無限に続く迷路をさまよっているような、嫌な夢。
それはまるで、受け入れたくない答えを、物語の最後の果てを、何度も見せられているような……

『やはり貴女は、魔界の住人ではないのですね』


そう夢の中で呟いたのは、

確かに私の、声だった。



……だから何だというのだ。


かすかに響く夢の余響を
噛み砕くように歯を食いしばり、
振り払うように額を押さえつける。

「――全く、下らない……」
「何が下らないのですか?」

―――は?

バッと勢いよく顔を上げると、そこには首を傾げた名前がいた。
ベッドの脇に立ち、相変わらずの仏頂面でこちらを見下ろしている。

「な、何故貴女がここにいるのです!?」
「迷子になったので、魔界に逃げ込んだのです。」
「―――は?」

当たり前のことを当たり前に言うような顔で、不可解なことを言った。

「依頼主の元へ急ぐべく足を運んだものの、知らない土地で知らない場所に迷い込み、途方に暮れたのです。携帯も圏外で連絡不能だし、悪魔を召還するにも生け贄がなかったので……来ちゃいました。」
「来ちゃいましたって、貴女ねぇ……」

はあ、と思わずため息がでる。

「……方向音痴なら誰かと共に行けばいいでしょう。」
「佐隈さんは居なかったですから。」
「ならば悪魔を―――」
「悪魔に頼ると、依頼主が不幸になると聞いたので」

そんな理由で―――
と言いかけて止めた。名前は悪魔ではないのだ。
だからそんな面倒なことまで考えてしまうのだろう。

見れば不甲斐なさそうに、そしてほんの少しだけ悲しそうに目を伏せた名前が見えた。

表情の変化に乏しいため名前のそれは、ほんのかすかな変化だというのに、不思議と手に取るように解った。

「それよりベルゼさん、大丈夫ですか?寝心地悪そうでした。」

するりと、頬に感じる柔らかな感触。
そっと、名前が頬に触れていた。
驚いて、反射的にその手をつかむ。

「な、なんですか……?」

名前は驚いて、少し身を強ばらせている。

「……なんでも、ないですよ」

フイと目をそらし、手を離した。

「?ベルゼさん、もしかして低血圧ですか?」

……何故そうなる。

「きっと光を浴びて空気を入れ換えれば少しは目が覚めると思います。」

あ、と思いつくように言った名前は、パタパタと窓へと走っていく。下ろしている髪が、ふわふわと揺れ靡く。
急がなくてもいいのにと、その後ろ姿をぼんやりと眺めた。

名前はカーテンを開けると窓の鍵へと手を伸ばす。

ぎこちない手つきで何度か片手で、ぐいぐいと鍵を弄っている。

開かないのか?

何度も試みたあげく、ついには両手で弄り出す始末。

―――開かないのか。

はあ、と今日何度目かのため息をつく。
そして徐に立ち上がると、名前の元へと歩み寄る。

「――貸しなさい。」

名前の小さな手をそっとつかんで外すと、力を入れて鍵を手に掛けた。
すると思いの外あっけなく開き、力が余って勢い良く鍵が開いた。

「開くじゃありませんか。」
「ベルゼさん、力持ちですね……」
「貴女が非力なだけですよ」

感心したように言う名前に嫌みを言えば、少し口を尖らせてフイ、と窓の外を見た。その仕草に、何となく頬が緩む。

しばらくそのまま2人で窓の外を見ていると、空で鳥が鳴いた。


「魔界の鳥は、おどろおどろしいですね。」

ぼんやりと鳥を眺めながら、名前が言った。

隣に並ぶ名前を見下ろしてみる。
いつも結っている髪を下ろしている名前は、なんとなく雰囲気が異なって見える。頭の位置が低く、小さい。

……どこかで見た、光景。
これでは、まるで―――


「何故ここにいるのです?」

まるで用意されていたかのように、不意に口から出た台詞。
それは、夢の中での台詞をなぞったものだ。
案の定、名前は不思議そうな顔でこちらを見上げている。
見覚えのある、その反応。
眉の動き、見上げる仕草、瞬き―――


―――これではまるで、
先ほどの夢と同じだ。


「……何でもないですよ。」

名前は僅かに首を傾げた後、再び窓へ目を向けた。

その瞳は、澄んでいる。
澄んでいるというのに、その瞳に映るのは、マガマガシイ魔界の景色。
――やはり、似つかわしくない。



それはまるで、夢の続きのような……


――ああ、そうか。
やはり貴女は―――



「やはり貴女は魔界の住人ではないのですね」

私が今、口にした台詞。
それは夢に出てきた台詞だった。

口にしたと同時に、予想通り部屋の置き時計の鐘が鳴った。
その音に耳を傾けるように、そっと目を閉じる。


   
   

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