*BL*
□名も無き感情の狭間で僕らはただ途方に暮れる
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約束なんてしてなくてもお気に入りの居酒屋へ行けばいつもと同じ席に座ったサスケの後姿がある。
「生中ー」と店員に怒鳴ってから隣に腰を下ろすと俺好みのつまみが既にテーブルの上を彩っていた。
付き合うことになった、と報告すると「良かったな」といつものクールぶった顔で言ってから「…ウスラトンカチの癖に」とまた余分な言葉を付け足すもんだから俺は大袈裟に反応を返し、それから二人で笑った。
いつでも影から暗部の監視が付く、里からの処分待ちという笑えない状況の中、以前と変わらぬサスケ。
相変わらずの憎まれ口もスカした態度も気に入らなかったけど、ここに帰って来てくれた、帰る事を望んでくれたのだという事実が今は何もかもを許してくれる。
俺とサクラちゃんは数え切れぬ回数のデートを繰り返してから、拭い切れない違和感を押し込めつつも典型的恋人達のする事全てを恙無くこなした。
俺達はみんないつの間にか大人で。同じ物を見ても昔みたいな胸の高鳴りを感じるのが難しくなっていたんだと思う。
いつだかサクラちゃんが言った。
「あんたはいつかあたしなんかの手が届かない場所へ行く」と。
どんな時も、今だって、俺は絶対に火影になると嘯いているからその事を言っているのかと聞いたら
「そういうんじゃないの。もっと違う事。あたしが、あんたと同じ場所に立てたらいいのに」
と悲しそうに笑った。
彼女は火影補佐やら新しい医療忍術の研究に忙しかったし、俺はサスケと飲みに行ったりやたらめったらに任務をこなすのに夢中だった。
段々と、サクラちゃんの言った事が分かって来たのはごく最近。付き合い始めてからは丁度2年が経とうとしていた。
今回の任務に出る前に研究所へ会いに行くと普段通りに、気をつけて。と微笑んでから新しい薬を持たせてくれた後「あたしに遠慮して何かを手放したりしないでよね」とまた、花の様に笑った。
それはどこか、諦めきったような笑顔だった。
「俺らさー、もうダメかも」
「…え?なに?サクラとお前の話?」
「うん。なんかしっくり来ねぇのな」
「ふーん」
特に気遣うでも心配するでもなく相槌を打ちながらまるで変わらないゆったりとした身のこなしで数歩前を歩き続けるカカシ先生。
どうしてこんな事を久々に会った先生に打ち明けているのか自分でも不思議だったけれど、シカマルやキバに相談するより得策なのは間違いない。
あいつらに言った所で「じゃあとりあえず合コンしようぜ」とか「そもそも女なんてめんどくせーモンだろ」とか。そんな返事しか返って来ないのは明らか過ぎる。
「ま、若いんだから色々あるよ」
「げー。またジジ臭いこと言ってるし」
月明かりの夜道、銀の髪が昼間よりも輝きを増している。
ずっと低い位置から見ていた頃はとんでもなく大きいと思った背中が今は、瞬きをしただけで掻き消えてしまいそうに儚く感じた。
同じ物が違って見える。
体が変わって、目線が変わって。心がそれに追いつこうと必死になっているけれどやっぱりよく分からない物ばかりだ。
「あーでも、やっぱ先生といると落ち着くわ」
「それも十分ジジ臭いんじゃないの?」
振り返って笑った顔がやけに嬉しそうで、俺も妙に嬉しくなった。
自分よりずっと大人だと思っていた人を笑顔に出来る今の自分が誇らしい。同じ位置に立てる喜びと、昔は見えなかった物が見える喜びだってある。
輝きを失ったものと、増したものと、数えたり比べたりなんて面倒臭いからしないけれど、確かに何かが大きく変わった。
「悩め、若者よ」
「枯れてんなー先生」
このやろう。と小突いて来た拳を手の平で受け止めながらちょっとしかめっ面をしてみせて。
こんな夜がいくつもあればいいのに、と酷く穏やかな気持ちになった。
第1話
End