□倦怠期6
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朝の篭れ日が、眩しい。
小鳥が優雅に鳴いている。
嗚呼。
また、一人の朝が始まるのか。








(…って、えぇぇぇぇえええ!?)










瞳を開けてからすぐ、綱吉は混乱に見舞われた。
なんというか、これは―――…
















「―――…ん、」

目の前の人物がみじろいだ。
ヤバイ。起こしてしまうかもしれない。
いや、この場合起こさなきゃ駄目なのだろうけど。
駄目なのだろうけど、寝顔なんて貴重すぎる。

嗚呼、…カッコイイ。

しまった見惚れてしまった。これじゃあ変態に近いようなでも恋人だから許されるのかな…いや、恋人っつっても今は停滞中だけどさ。
というか夢?
夢なのか?
そうか、夢か。
全く参っちゃうぜ、夢にまで出てこられるとは。
どんだけ依存してるんだ。
相手はそんなことみじんも思っていないかもしれないのに。
…でも、まぁいいか。
夢ならば、楽しく過ごそう。
そう決心した綱吉は、目の前の人物の観察に頭を切り替えた。
まず何処が一番有り得ないかって、彼が白のフォーマルシャツを着ているところだろう。
しかもボタンが結構開いていてやたらとセクシーだ。
シャツとシーツの白さが、彼を余計に際立てる。
朝っぱらからなんというサプライズ。
思わず彼から距離を取ってしまった。
最近会えてない上に連絡もとれず、お預けをくらっていた身だ。
ちょっと刺激が強すぎる。

漸く彼との隙間を増やして一息つく。
嗚呼、良かった。
そしてまた彼を見つめる。

思う所は一杯あるのに、結局彼を前にして出てくる言葉はカッコイイだとか、そんな。一般人のファンかお前はみたいな。女子高生か何かかみたいな。
何だか実感が沸かなくて、ぽけーっとしてしまう。
寝起きだから仕方がないとしても、これはナイ。
だって今まで悩んできた色々がどうでも良くなってしまうなんて、とんだ喜劇ではないか。

思わず困ったように笑ってしまいそうになるのを抑える。






す、き、

声を無くして呟く。
好き、好き。
ずっと言いたかった。
嫌いだと何度も口にしたけれど、やはりこちらの方がしっくりくる。

すると、目の前の人物の瞳がゆっくり開いた。
深い紫の瞳が、綱吉を映し出す。



「―――――……ぁ」



完璧に、目があってしまった。
…どうしよう。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!
そうテンパる自分に反して、彼はもう一度目を閉じた。

…おい。

しかしそう思ったのもつかの間、彼がゴロンと寝返りをうち、あれよあれよという間に今や彼の腕の中に収まっている現状。
最悪だ。

顔に熱が集まる。
変な汗をかく。
心臓が、バクバク煩い。


――――…恋だ。


ランボの言葉を思いだし、更にいたたまれなくなる。
まるで拷問。

こちらはこんなに追い詰められているのに、当の本人は呑気に寝ている。
そう思うと、少しムカついてきた。
というか、相当ムカついた。



「…あああああ、あっついって馬鹿!」



そんなこんなで気付いたら思わず彼を突き飛ばしていた訳で。
あー清々した、うん。
スッキリした綱吉は上半身を起こしてから肩を鳴らす。
そしてたまっていた息を全て吐いた。
はぁあああああ…っ



「……オイ」

「っぎゃ、」



後ろから不機嫌な声が聞こえてきたかと思うと、腕を思いきり引かれた。
またベッドに逆戻である。
しかも今度は、見事に組しかれていて泣きたくなった。
もうほんと、突き飛ばしてごめんなさい。勘弁して。



「―――…うぅ?」



しかし。
続きの言葉が降って来なかった。
不思議に思って彼の顔を伺い見れば、不機嫌な顔そのままで黙っている。



「ス、カル?」

「……言いたい事が一杯あって、何から言えば良いのか整理がつかない」

「え、」

「アンタだけだ。俺の頭をグチャグチャに出来るのは」



ポフン、と音を立てて、スカルは綱吉の首元に顔を埋めた。
綱吉はキョトン、としていたが、ちゃっかりスカルの背中に腕を回している。
重くて、苦しいし、上から退いて欲しいけれど。
それでも、そんなものが帳消しになるくらい何だか幸せだ。



「まさかアンタが嫉妬してくるとは夢にも思わなかった」

「実は、俺も…」

「仕事入れすぎて倒れた事もだ。どちらかと言えば、仕事放棄するタイプだろ」

「だって…悔しかったから」

「浮気だって、予想外だ」

「…バレてた?」

「アンタの忠実な部下が教えてくれたぞ」

「げっ、嘘?!」



むくりと体を起こしたスカルに合わせて、綱吉も体を起こす。
彼の顔はまだ不機嫌だった。
嬉しい。
ひとりじゃなかった。
その事実だけで、泣けそうだ。



「浮気は…スカルも悪い」



彼の頬に指を滑らせてみる。
いつもなら嫌がるのに、珍しい。



「本当は最後まで行く予定だったんだけどなぁ」



出来なかったよ。

そう力なく困ったように笑う綱吉を、スカルは思いきり抱き締めた。
結局ランボに押し倒された後、彼に断りを入れてしまったのだ。
自分から甘えといて、本当に駄目な大人だと思う。



「…馬鹿みたい。結局、絡まっただけだった。もがいても抜けないし」

「…そういう風にしてあるからな」

「まるで呪いだよ」



この、見えないところで繋がれた紐は。
いくら動いても、ほどこうとしても、そのままの形で残っている。
どちらかと言えば、この愛は呪いに近いのだ。
それは二人とも了承済み。



「ヴェロニカは只の敵軍師だ。安心しろ。何の情もわいちゃいない」

「嬉々として仕事に取り組んでた癖にー」

「…それは、」

「まぁ。別にもういいけどさ。勝手に嫉妬してたの、俺だしね」



そこで漸く苦しい程の抱擁から解放された。
視線が絡まり、何だか擽ったい空気が流れる。
ちゅ、とスカルが軽くキスを仕掛けてきた。
綱吉も負けじとちゅ、ちゅ、とやり返す。
すると今度はスカルが、その倍返しでキスをする。
もつれるようにベッドに倒れて、今までの分を埋めるかの様にキスをし続けた。
子供が意地になって大人びたキスをしているかのような、そんな甘酸っぱいもの。
酸素よりも何よりも、彼からの愛が欲しかった。
もういっそのこと、このまま窒息死なんてのもいいかもしれない。



「…っ、」



長いキスが終わったついでに、顔の付け根にキスマークを落とされた。
ピリ、と僅かな痛みが走る。
わざと見える所にしてくれた辺り、彼も嫉妬心だとか束縛願望だとかを持ち合わせているのだろうか。
意外だ。



「ちょっと……泣いていいですかね」



夢じゃないと気付いてから胸が締め付けられるように痛かった。
多分これは、愛の傷痕だ。
その傷痕がうずいている。



「馬鹿め…アンタもう泣いてるじゃないか」



スカルは困った様に笑って、綱吉の頬に流れる涙を舐めた。
初めてだ。
彼のこんな表情を見るのは。



「嗚呼、幸せだぁ」



まるで悪い夢から醒めたみたいだ。
愛しい人が、今ちゃんと目の前にいる。
そして触れ合い、体温を分けあえている。
何のヘンテツも無いことが、こんなにも愛しいなんて考えてもみなかった。



「改めて、おはよう、スカル」



嬉しくて笑ったついでに、目尻に溜っていた涙が溢れでた。
スカルはそんな綱吉の手を取って、手の甲にゆっくりと口付ける。
慈しむように、そっと。



「あぁ。おはよう、綱吉」




もう大丈夫。
悪い夢は闇の彼方へ過ぎ去った。
さぁ、窓を開けて光を取り込み太陽へと微笑み返そう。



(そして恋人達は、優しくキスを繰り返すのだ)



甘く幸せな、一日の始まり―――…。


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