□倦怠期3
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その日は雨が降っていた。
まるでそれが己の気分の表れかのように思えて、綱吉は溜め息を大きく吐く。
確か、あの日も雨。



「―――……スカル、の、馬鹿」



あの日、あの時。
あの顔を思い出す度に苛々が止まらない。

そうだ。
全ての元凶は、あの日にある。

俺とスカルが、こんな要らない倦怠期を迎えた元凶――――――……










「ス、カル…?」



久しぶりに会った恋人。
花も咲き乱れるような思いだ。
それでもいつものように恋人はあまり感情を表に出さない、クールな面持ちで―――――――は、なかった。


その日の恋人はヤケに機嫌が良かった。
恋人である綱吉が目を見張り、一歩、いや、数歩引いた程には。
まぁ一般的には若干表情が明るくなったような気がするだけなのだが、普段のスカルの表情をよく知っている綱吉からすればそれは十分に異例の出来事だった。
どうしよう。
スカルが変だ。
熱?

額に手を当ててみても、異常はないようだ。
それならば。



「お前なんか変なものでも食べた?」



怪訝そうな顔をしてスカルに詰め寄れば、頭を軽く殴られた。
そこで更に驚く。
軽く…?
おかしい、おかしすぎる。
普段なら脳震盪を起こしそうなくらいの威力を持つのに。



「今日は何でそんなに機嫌がいい訳?」



30分後、2人でお茶を飲みながら綱吉は漸く気になっていた事をスカルに聞いた。
否、漸く聞けた、というところか。
本当は聞きたくて仕方が無かったのだが、タイミングと勇気を綱吉は掴めないでいたのだ。



「機嫌?」

「うん。自覚、ないの?」

「ああ…良いと言われれば良いな」

「何か良いことでもあったのか?」

「まぁ、」



何事も無いように答えたスカルに、綱吉は身を乗り出す。
仕事の事だろうか。
それとも俺の事?
それだったら、とても嬉しいのだけれど―――…



「ヴェロニカ・ルシュームという女軍師は知ってるな?」



残酷にも出されたのは自分のそれではなく、女の名前。
綱吉は、笑顔を引きつるのを感じた。
それに反して、スカルは更に楽しそうに目を細めた。
久しぶりに、腕がなるのだろう。
そう分かってはいるのだけれど…。
綱吉は、ギシリと心の奥で何かが軋んだ様な音を聞いた。



「知ってる…けど」

「そいつと戦う機会が近々あるんだ」

「ふーん…」



面白くない。
ヴェロニカ・ルシュームと言えば有名な策略家だ。
スカルも注目するくらいには、頭がキレる。
そして美人かつスタイルも良い。
そのヴェロニカも、スカルを尊敬しているらしく「彼とは一度、機会があるなら手合わせ願いたいわ」などと言っていた、と風の噂で聞いた。
策略家たちの間ではお似合いだなどとふざけた発言をしている奴らもいる。
綱吉の中の要注意人物の中で堂々の第1位を誇っているヤツがソイツだ。
明らかに狙ってます、と取れる数々の発言に何度キレかけたことか。

不安の種が芽を出しはじめている。
綱吉は残った紅茶をグビグビと飲み干した。

その女が気になるのか、とは聞けなかった。



それから週置きに珍しく何度かスカルと会う機会があった。
その度に、どんどん気分を良くしていくスカルに綱吉は唇を噛む。
スカルがワクワクしているのが、目に見えて分かった。
自分と居るときは、そんな表情したことなかったのに。
いくら自分が話しかけても上の空。らしくない。
負けちゃえばいいのに、と思ったが負けたら負けたで負けず嫌いのスカルの事だ。
更にヴェロニカに関わるのは目に見えていた。
それにヴェロニカも頭に乗るはずだ。
綱吉は勝っても負けても交される「いい戦いをさせてもらった」的な握手のシーンを回想してしまい泣きそうになった。
そもそもスカルが負ける筈がないのだが。





イタリアは梅雨に入った。
それでも雨の中、綱吉はわざわざスカルの部屋へと足を運ぶ。
なんとなく不安であったし、このまま放って置かれるのは嫌だったのだ。
本来ならこんなことはしないというのに。
それほど綱吉は追い詰められていた。



「でさぁ、その時リボーン何て言ったと思うー?」



綱吉は前回の自分の失敗を思いだしながらスカルに話を持ち出す。
最近会う度に八つ当たりをしている。
上機嫌な顔が不機嫌なぶっちょう面に戻るのは構わないしありがたい事だが、如何せん綱吉のお株を下げてしまうのが残念であった。


外の雨音を聞きながら、スカルは何か考え込むようにして座っていた。
多分、彼女との戦いが近いから策でも練っているのだろう。
今までは仕事をプライベートにまで持ち込むようなことはしなかったのに。
今の綱吉の質問にも、「ああ」で返した。
何が「ああ」だ。
ちゃんと話を聞けこの不抜け野郎。


そして構って貰えなかった綱吉のストレスは溜りに溜って大爆発した。

綱吉は、考え込むスカルに彼のペットの中の1杯であるミニ蛸を水槽から無理矢理取り上げ、投げつける。
べちゃり、と嫌な音がした。
これには流石のスカルも綱吉に注目せざるをえなかったようだ。



「なッ!?何してんだアンタ!」




とりあえず可哀想なミニ蛸を手にして、スカルは漸く綱吉に言葉をかける。
綱吉はショルダーバックを肩から下げ、暗いオーラを背負ったまま帰ろうとしていた。
それをスカルが呼び止める。
すると、綱吉はピクリと肩を揺らしてから停止した。
停止してから、随分と不機嫌な顔をスカルに向けたのだ。



「どうせ俺は―――――……!!」





















そこで記憶があやふやになっている。
感情的になりすぎたのだろう。
何かを一方的に巻くし立てた後、スカルの部屋を出て徒歩でボンゴレの屋敷まで帰った。
途中、つけてきていたカルカッサの刺客と対面したがあっけなく勝敗がついたのは覚えている。
「温厚」で有名なボンゴレ10代目が、まさかあそこまで殺気だっているとは彼等も思わなかったのだろう。
可哀想だとは思うが自業自得だ。
可哀想といえば投げつけたミニ蛸を思い出す。
でもそれもスカルのせいだ。恨むなら彼を恨んで欲しい。
でもごめんね。


その夜。
綱吉は漸く冷静になった。
そして冷静になって更に漸く、自分のしたことを後悔して青くなった。
自分は何てことをしてしまったのだろうか。
というか、只でさえ今は彼の中の株が滝の様に落ちているのに。
嫌われてしまったら、元もこもない。

そして次の日綱吉がスカルに謝る為カルカッサへと足を運んだ際、神妙な面持ちをしたスカルにあの一言を言われた訳である。
ハイテンションに今日は決めよう、と意気込んでいただけあって、綱吉は笑顔のまま固まった。
そしてその後、これ以上ないくらいの不機嫌顔を作り上げたのだ。
それは泣き顔を作らないよう我慢した結果だった。
ここでまたスカルに「何で?」とすがり泣いたり、怒り狂ったりすれば、今度こそ確実に捨てられる気がしたのだ。

仕方なく「分かった」と言った綱吉ではあるけども、それは心から納得して言った事ではない。



そして彼とは暫くの別れを告げた。








「ボンゴレ?」

「うわ…、ランボ」



いきなり声を掛けられてびっくりしてしまった。
ボスともあろうものが、部下の前で。
でも相手はランボだった。

昨晩は随分と我儘を聞いてもらった為、シャワーに入るのは朝になってしまったのだ。
眉間に皺を寄せたランボは、綱吉に抱きつく。
石鹸の、いい香りがした。



「…また悲しそうな顔してた」

「悲しい、というか…まぁ。思い出して腹を立ててた?というか?」



ははは、と乾いた笑いを漏らしてランボを抱き締めかえす。

結局のところきっとこうして馬鹿みたいに感情に左右されているのは自分だけなのだ。
戦いも無事、カルカッサが勝利をおさめたと聞いた。
「おめでとう」とは言いたくもないが、悲しい事に言うことさえ出来ないとは。



「アイツと別れた暁には、俺が貴方の騎士になります」

「うん。考えとくよ」



騎士か。
騎士ねぇ。
結局の所一度たりとも守って頂いた事がないのだけれど。
そもそも敵だし。命は狙われてたし。

よくよく考えれば今まで付き合ってこれた事が奇跡に思える。



それももうどうなる事か分からないけど。



(潮時、って言葉が今を彩る気がしてる)

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