□彼女から、彼を経てして貴方まで
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並盛の花火大会は大きい。
5つの市が協力して花火を打ち上げるのだ。
何万発かは忘れたけれど、小さい頃に見た記憶では中々ド派手なものだったと思う。
それでも幼い綱吉は花火の火の粉が降ってきそうで怖かった。
どちらかといえば、そっちの不安が多かったように思える。
綺麗なんて二の次。



「え、土手まで行かないの?」



幼馴染みと二人、浴衣を着て家を出た。
ヤケに気合いの入った母が2人分の浴衣を買ってきたのだ。
彼女は昔から、こういう事にはやたらと本気で取り組む。


幼馴染みのスカルは隣町に住んでいる。彼が並盛から隣町に引っ越して行ったのは小学校低学年の時だった。
しかし高校の入学式の日、いきなり綱吉の目の前に現れたのだ。
スカルはとても頭がいいので、むこうの中学の教師全員に並盛高校の受験を全力で反対されたらしい。まぁ、当然の道理だろう。
もちろん首席で合格していた。
綱吉なんて凄く頑張っても後ろから2番目だったというのに。



『高校なんてどうでもいい。結局社会に出て大切な事は何処の大学を出ているかだからな』



そんな理由で3年間を棒にふるうスカルはハチャメチャな男だけれど、綱吉には凄く格好良く見えた。
しかも実のところを言うと「お前と一緒に居たかったから」って…。
格好良い以外に何があるというのか。
そもそも何故自分であるのか。


スカルの浴衣は濃い鼠色。
帯も黒だし似合ってる。
だが問題は己だ。
別に山吹色の生地に文句を言うつもりはない。
あまり派手じゃないし、しっくりもくる。
だけど。
帯がちょいと可愛すぎやしないだろうか。
いくら「売り切れちゃったみたい」だからって帯だけ女ものというのは(いや、どちらかといえば母さんは何も言わないけれど、浴衣自体も女ものくさい)…俺も一応もう高校生なので無理があるんじゃ。
スカルはちょっと笑いながら「似合うぞ」とか言ってくれたけど、ちょっと笑ってる辺りで信憑性が無い。



「土手は人だらけだからな。いい場所がある」

「でも屋台は?」

「帰りにでも寄ればいい」



スカルがやけに自信満々なのは昔からで、綱吉はいつでもそれに従ってきた。
だってそれは毎度の如く素晴らしい実績を残しているのだ。
逆らう理由がないではないか。



「うぅ…歩き難い。私服でくればよかった」



ヒョコヒョコと変な歩き方になっていた綱吉を見かねたスカルは、グイっと綱吉の手首を握って誘導するように歩き始めた。
花火大会へ向かう人達に逆らって歩く。
歩けば歩く程人の量は減っていって、綱吉は首を傾げるばかりだ。



「もうすぐ着く」



本当に大丈夫かよ、という綱吉の思考を読み取ったのか、スカルはニッ、と自信ありげに笑った。
この顔は、良く綱吉をおちょくったりする時にする何とも腹立たしい顔なのだが、女子曰く「いいよねー、沢田。あんなニヒルな笑みを近くで見れてさ!」なのだそうだ。
綱吉の心のアイドル京子ちゃんでさえも、スカルに笑った顔を向けられたことが無いという。
その話に、男子共も「同じく!」と声をあげていた。



「お前、他の人にもその顔みせてやったら?」

「はぁ?」

「皆見たいって言ってたぞ。減るもんじゃないんだし、女子とか喜ぶと思うけど?」

「何で好きでもない奴らに見せなきゃいけないんだ」

「まぁ、そうだけどさぁ」



今のは軽く告白したようなもんなのだが、綱吉は見事にスルーした。
綱吉はスカルを極度の人見知りだと思っているようだ。
スカルは大きく溜め息を吐く。



「…アンタ、地味に凄いよな」

「え?何が」

「いや…その鈍感さが」

「鈍感?!鈍臭いって言われたことはあるけど、そんなん言われたの初めてだぞ?!」



そりゃそうだろう。
なんせ綱吉は人とあまり関わらないし、「お前鈍感だよな」とクラスメイトに忠告される程女子に好意を抱かれた事がない。
腐った女子が気付くくらいにはスカルのアプローチは色濃かったりするのだが。



「ほら、着いたぞ」



テクテクと随分と歩いて、小さな森に入った。
時々蝉が飛んできて「うぎゃあ!」と声をあげる綱吉の頭を「うるさい」と叩きながらも、2人は更に進んで行く。


すると、いきなり視界が晴れて小さな丘に出た。
真っ暗な森を出た先にある、小さな丘。幼い頃、2人で良く遊んだ場所だ。



「ここって…」

「あぁ、昔良くきた場所だ。時間も丁度いいな」



町を一望できるその丘は、2人のお気に入りだった。
綱吉がほぅ、と感嘆の息を吐いた時、ドーンと大きな音がなる。



「わ、花火!」



目の前に大きく開いた花が、キラキラと光を飛ばして闇に消えて行く。



「凄い!スカル!!」

「だから言っただろう」



空を指差して楽しそうな綱吉に、スカルも満足そうに微笑んだ。



瞬間、



スカルのその少しだけ儚さを含んだ笑みに、綱吉は全てを持っていかれたような感覚になる。
花火に共鳴するかのように心臓が煩く音を立てだした。


顔が、熱い―――…。








「?何だ」



いつもの顔に戻ったスカルが綱吉の異変に首を傾げた。
うー、だの、あー、だの何やら唸っている。



「おい、」



怪訝に思い、身を乗り出して綱吉の顔を覗き込む。
すると綱吉は「ぎゃっ」と声をあげて後ろに倒れこんだ。
芝生がクッションになったが、腰を打った。
ちょっと痛い。



「何やってるんだアンタは…ほら、花火見ないのか?」



す、と差し出された手に、オズオズと手を重ねる。
不意に引っ張られて、スカルの胸に飛込む形となった。
これには流石のスカルも、ヤケに緊張してしまう。
自分から綱吉を立たせるために引っ張ったはいいが、まさかこんな…



『『……なんか妙な空気になった。』』



二人は心の中でハモる。

いや、妙な空気にしたのは己だが、きっかけはスカルだ。
なのでスカルが悪い。

綱吉は一人頷くと、この空気をどうにか変えようと別の事を考え始めた。

スカルはスカルで、告白するチャンスであることに気付きつつも、どうすれば綱吉を傷付けずに告白すればいいのか、というところで煮詰まっていた。

キス位しないと気付かない男だ。
だけどキスなんてした日にはどうなるか分からない。
避けられるのは嫌だ。




「あっ、そうだ!」



ゴツン!!!


その時いきなり綱吉がガバッと顔をあげたので、綱吉の頭がスカルの顎に見事ヒットした。
綱吉の背は丁度、スカルの首と顔の付け根辺り。
何も考えない綱吉の行動が仇となったのだ。



「あ…大丈夫?」



随分良い音がした。
綱吉も自業自得、頭をおさえて痛がっている。
そして一応スカルの安否確認をした。若干涙目だ。
スカルはスカルで顎をおさえて痛みに堪えてる。
顎って酷い。



「…もし舌噛んで血がダラダラ出てたらアンタの責任になってたぞ」

「ご、ごめん」



一気にさっきの妙な空気が散漫して、2人は安堵の息を漏らした。



花火が連続して上がっている。
柳が大きく枝下ていた。

花火に意識をもっていかれた2人は、その美しさに息をのんだ。
一気に上がり、光が大爆発する。
チカチカと、闇を打ち消す花々。



「…綺麗」



ポソリと呟いた綱吉の横顔に、今度はスカルが全てを持っていかれたような感覚になった。
花火の音も、耳に入って来ない始末。
綺麗なのはどっちだ、という理不尽な怒りと、青少年特有の青臭さがスカルの理性を侵蝕していく。



「ねぇ、スカル」



急にこちらを向いた綱吉に、スカルは驚きに肩を揺らしそうになった。
そんなスカルを不思議そうに見つめてから、綱吉はフフ、と笑った。



「スカル、今日お前誕生日だろ」

「…そういえば」



忘れていた。
すっかりと。
何せ花火大会の方が印象深かったのだ。
というか、そもそも誕生日に執着する習慣がなかった。



「俺もちゃんと昼まで覚えてたんだぞ!その証拠に、ほら」



母に持たされた巾着袋の中からシルバースカルのネックレスを取りだし、綱吉はスカルの目の前に垂らした。



「お前、欲しいもの言わないし。はい、誕生日おめでとう」



カチ、と金具を外して、早速スカルの首に付ける。
スカルはアクセサリーの類を付けるタイプでは無かったが、付ければ似合うタイプだった。



「うん、似合う似合う!」



あはは!と声をあげて笑う綱吉から、フワリとシャンプーの香りが漂った。
そういえば、着替える前に風呂に入ったと言っていたのを思い出す。


そこでスカルはプツリときた。
何がって、理性の糸とやらが。


芝生に座り込んでいた綱吉を押し倒すのはいとも簡単だった。
綱吉はいきなりの出来事に目をパチクリさせている。
何故なら横にいたスカルが、今自分の上に乗っかっているのだ。
意味が分からない。
状況が掴めない。
一体全体どういうことだ。


「ネックレスを贈るのは独占欲の表れだ」

「へっ?」



もちろん、異性限定だけど。とは言わない。

白くて小さい手に手を重ねて握りしめる。




あ、やばい。




綱吉がそう思った時には既に遅く、スカルの唇が自分のそれに重なっている事を知る。

つまり、要するにこれはあれだ。
――――…きす。



「のぉおう!」



ガツン!!!


あまりの驚きに飛び上がった綱吉は、スカルの額におもいっきり頭をぶつけた。



「…おい。アンタは学ばないのか!?」

「ご、ごめんなさい!じゃ、なくて!!ふぉおお…!おまっ、今俺に、ち、ちちちちちちちゅー、した!?」

「…した」



にぎゃあ!と顔を真っ赤にして慌てる綱吉に、己の額を押さえながら(だってかなりの威力で頭突きをされた)スカルは萎えた。
なんというか、色気が無い。
そもそも綱吉に色気を求めること自体間違っているのだが。



「誕生日だからって…!お、俺のファーストキスまで奪わなくてもっ」



そこまできて、スカルは唖然とする。



「アンタ、嫌悪感とかないのか?」

「え、何で?」

「だって男同士でキスしたんだぞ?」

「はぁ?何を今更!俺だってスカルじゃなかったら許さなかったよ!!え…スカルは嫌悪感あったの!?自分からしといて!?」

「いや、そういう訳じゃ…」



アホだ。
今更確認するのもなんだが、コイツ、救いようの無いくらいにアホだ。
スカルが心配することなんて、1つも無いのかもしれない。
多分彼は、流されるままに流されてくれる。

スカルはそう確信して、煩く喚く口に更にキスを落とした。


後ろで、花火が彼を祝福するように咲いている。
今流行りの、ハートなんかを型どったやつから、星の型などなど。
様々な花火が打ち上げられていたが、属にいう『おとり込み中の』二人は気付かない。




その後結局スカルが告白をしてうまく落ちた綱吉が承諾することになり、2人はめでたく恋人同士。
長い長い片想いの果てに、漸く綱吉を手に入れたスカルは満足していた。
誕生日も、中々捨てたモンじゃない。



「母さんがね、うちにケーキあるから寄ってけって。それで今日は遅いから泊まっちゃいなさいってさ」



何も分かって居ない天然素材は、自ら誘っている事を知らない。

泊りなさい、か。

綱吉に女物の浴衣を着せたあたりから、奈々からの誕生日プレゼントは始まっていたのかもしれない。


結局、17歳の誕生日、彼女からの贈り物がスカルを一番喜ばせた事には代わり無いのだから。








彼女から、彼を経てして貴方まで。

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