□バーにて
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右左上下、色の渦に飲まれてしまったようだ。


甘いリキュールが心地良い。
いつだったか、家庭教師に酒の選択が女々しいと言われた。
でもそれは仕方がない。
それは人の好き好きだし、そもそもあまり酒を好んで飲まないタイプだ。
甘くて口当たりの良い酒を求めてしまうのは当然。
ガキと言われたって構わない。


「うぅー」

「…酔うの早いな」

「よってましぇん」

「酔ってるぞ、確実に」



アジア好きの店主に合わせて見事にアジア化されたバー。
エキゾチックな雰囲気に飲まれながら飲む酒は良い。

ほどよく薫るお香、いたるところに置いてある観葉植物。
幻想を纏った様な美しさの蝶や南国の鳥達も放し飼いにされている。
まるで異空間だ。
薄暗い店内に灯されたオレンジの電灯。


この店をチョイスしたのは綱吉である。


部屋も散らかっていないと落ち着かない綱吉のこと、こうして少しでも物が多く置いてある方が安心するのだろう。
それに出てくる酒もどちらかと言えば甘く、ココナッツを効かせてあるものが殆んどだ。
不思議な酒。
ダイレクトな味なのに、掴みにくく、すぐ消えてしまう。
かといって後味が残らないかといえばそうじゃない。
舌にまとわりつく様なしつこさもある。
よく分からない所は、綱吉本人に似ていると思う。



元々さほど広くない店内に、小さな木製のピアノ。
後ろにはギターやドラム。
穏やかなペースで、バンドが音を奏でている。

ジャズアレンジされた蘇州夜曲。
どこか懐かしい雰囲気は、綱吉のテンションをほどよく抑える。
彼には、このくらいのバーが丁度いい。
以前コロネロと行ったバーではハシャギ過ぎて、スカルにまでとばっちりが来た。
ウエスタンを基調にした、バーというよりは酒場に近い場所と聞いた。
ノリの良い客と程良く酔っぱらったコロネロに煽られるまま飲んだらしい。
バツが悪そうにコロネロが綱吉を差し出した時に、スカルは呆れて物も言えなかった。
意識飛ばしてんじゃないですか、コレ。



「ねー、聞いてー」

「…何だ」

「俺ね、ここ通ってたら一曲歌える様になったのさ」



えへへ、と笑う綱吉を見てスカルは溜め息を吐く。
どれだけ通ったのかは知らない。
だけど最近酔っぱらっている所に出くわす事が多かったのはそのせいか。



「へぇ、それは凄いな」

「むぅ…テキトーに流すなよ」

「流してない。ちゃんと聞いてる」

「本当に?」

「あぁ」



ぷぅ、と膨れた綱吉の頬を撫でれば、体が熱っているのが分かる。
スカルの手が冷たくて気持ち良いのか、綱吉はスカルの手を握り、そのまま頬に当てていた。


カウンターでバーテンである店主から見える位置だったのだが、綱吉は気にする様子を見せない。
いつもだったら煩いのに。
店主も店主で、カクテル作りに没頭したり、コップを磨いたりで此方を見ていない。
肩に軽くかかる重さがスカルには心地好く感じられた。


私服の綱吉は極限にマフィアだとバレ難い。
そもそも大人にも見られない。
最悪女だと思われていた時もあった。

ふと、一匹の蝶が飛んできて綱吉の髪に止まる。
黒と青が基調とされた羽は、透き通っていて美しい。

似合うな、とスカルは静かに微笑んで酒を煽る。
喉にほどよい熱さを感じた。



「近場で上海」



ポツリ、と綱吉が呟いて、肩から重みが無くなる。
その振動で蝶は離れて行ってしまった。
少し勿体無い気がしたが、仕方ない。
握っていた手をほどいて、スカルを見つめた綱吉は、それはもう美しく微笑んだ。
オレンジのライトと熱って赤みを帯た唇のせいだろうか。
スカルは不覚にも揺らいだ自分に内心舌打ちをした。
こういうふとした瞬間に、思い知らされる。

この沢田綱吉という人間に、深く溺れていることに。


バンドの曲調が変わって、それから綱吉が楽しそうに唄いだす。
馬鹿みたいに甘い音が、バーを飲み込む。



「When you're all alone〜♪」



綱吉の、成人男性にしては高いだろう声が紡がれる。
その甘い音とその声は、思ったよりも相性が良く、スカルは素直に感心した。



What do you do in the evening

When you don't know what to do ?

Read a book, play a game, every night it's just the same.



「Get Out And Get Under The Moon か」

「ご名答〜」

「良く覚えたな。アンタ英語苦手じゃなかったか?」

「英語は嫌い。でも好き〜」



酔っぱらいは所詮酔っぱらいだった。
少しイラっと来たが、こんな事で切れていたら身が持たない。

スカルはクスクスと肩を揺らして笑う綱吉の顎を捕まえて強引にキスをした。
どうせ誰も見ていない。

チュ、と音を立てて離れた己の唇を綱吉は右手人指し指でなぞり、「…もう」と小さく呟いた。
不満そうにしたかと思えば満足そうに頷いて、せわしない店主に追加を頼む綱吉の腰に手を回せば、ヤツはニヤリと微笑んだ。



「後でね!」



そう愉しそうに付け加えて、意外と早く出てきた酒を口に運ぶ。

甘い香りに浸されて、今夜の部は綱吉に傾いているらしい。

まぁそんな日もあって、丁度いいのかもしれない。

なんせこうして身分を忘れられる夜なんて、そうそうお目にかかれるものでは無いのだから。

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