□囚われて、恋
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恋は病
何にも見えなくなってしまえば
もうそれは、


真っ赤な太陽が燃えていた。
いつもはただそこに存在しているだけのようであるそれは、
今日はなぜだか全身全霊で燃えているようで、少しだけ恐怖心を煽る。
綱吉はベランダに出て、夕日をそれとなく眺める。
綺麗だとは思わなかった。
人は恐ろしいものにほど心奪われて、儚いものに心を盗まれる。

真っ赤な紅は、なぜだか彼を彷彿させる。
いつの間にかこんなに囚われていた。
自分の腕を見れば、紐に括られているようで自由がそこに存在していないことを知る。
ほかでもない、紐の行く先に待ち構えているのは、彼だ。

ベランダに蟻が這っている。
紅に紛れた黒は、無機質のようだ。
いや、そもそもの、この世界が。
色はきっと彼に吸い込まれてしまった。
 

「綱吉さん、」

「あ、獄寺くん。こんにちは?」

「フフ、この時間はどう挨拶していいのか分かりませんよね」

「うん。空が青ければ『こんにちは』、藍になれば『こんばんは』」


獄寺隼人は、向かいの医者の養子だ。
数年前にこの町へと越してきた。
頭も顔も、全てが美しいと絶賛されるのは、今でも変わらない。
煙草をふかしては猫と戯れる彼を、綱吉は知っていた。
その珍しい灰色の髪も、今では夕日の紅に侵食されている。
しかし、それもそれで美しいのだ。


「空なんか見て、何か考えごとでもしていらっしゃったのですか?」

「うん、ちょっと」


考え事には違いない。
本当は人を待っているのだと、彼に伝える必要はないのだ。

ふと何処からか香ってくる夕飯の香りに、綱吉は眼を細めた。
その仕草に、獄寺は静かに息を飲む。
夕日に飲み込まれながらも、彼は確かにそこにあって、何にも囚われないで居てくれる。
しかし、知っている。
そんな彼は気まぐれだから、いつどこへ行ってしまうか分からない。
人は彼を犬だと言う。
獄寺に甘えて、山本に尻尾を振って。
まるで理性のない犬だと言った。
でも現状はその真逆の処に存在しているのだ。
気づけば、この手の内から消えてしまっている。
その不安と恐怖を拭おうとして縋っているのは己達。


「そうですか」


獄寺は柔らかに微笑むと、綱吉はそれに似たものを創り上げ、獄寺に返す。
まるで鏡か人形だ。


「じゃあ、また明日」


綱吉から別れを告げられる。
これは、強制だ。
暗黙の了解で行われる、主従。
獄寺はそれに従う。
綱吉はそんな獄寺を好いているのだ。
それを分からないほど愚かではない。
だから付き合ってられる。
そうでなければ、早々に切り捨てられている。
本人の知らない処で孕まれた残酷さは、日々順調に育っていく。
美しい闇だ。
例えば、こんな夕暮れの紅の後に来る、途方も無いくらいの闇。


静かに去った獄寺を見届けてから、綱吉はもう一度夕日に視線を戻す。
先ほどより、少し小さくなっている。
闇だ。
もうすぐに闇が来る。


「早く来てほしいのになぁ、」


手に括られた紐を辿って行っても、そこに彼が居る訳ではない。
彼はどことなく現れて、消えていくのだ。
縋っている。彼に。
それを知っていてもなお、緩むことのない束縛。
一方的だと見えて、本当は繋がっている気がする。
だって、そうでしょう。
いつだって彼はこうやって、綱吉の前に現れる。


「よう、ダメツナ」

「こんばんは、リボーン!」


ようこそ、闇にのまれた哀れな少年。
恋に囚われた、愚かな盲目の少年よ。
燃え尽きた太陽の血は、闇が全て吸い取っていった。


「今日は何処まで連れて行ってくれるの?」

「そうだな。そろそろ頃合だと思ってたんだ」

「何の?」

「クク、分かってんだろ?来いよ、ツナ」


この手を取れば、
永遠俺と居られるぜ。
ま、所詮恋によって視力を奪われたのなら
俺しか見えていないだろうが。


クスリ、とリボーンは優雅に笑って2人は闇に溶けてゆく。
あとはただ、ずっと一緒に括られるだけ。


嗚呼、
恋に囚われた。

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