生意気な子供達
□明けない夜は長い
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偽りの雷が轟いて闇が切り裂かれる。
目の前には黒いマントをたなびかせ、ニヤリと笑う悪魔が佇んでいた。
劣等に持ち込まれた少々老いた男は生唾を飲み、それでも狂ったように笑い始めて悪魔を見据える。
否、狂っているのだろう。
彼の瞳に映った光は、あまりにも濁りすぎていた。
「よー、久しぶりだな。チネチッタファミリーのボスさんよぉ」
ククク、と悪魔は笑って舌舐めずりをした。
なんとまぁ美しい事か。
頭上に浮かんだ月は、地上に積もった雪の反射も手伝って、眩しいくらいの黄色を放っている。
鋭利な光を瞳に宿した男は、腰の抜けた狂った男に一歩ずつ近付いていく。
足音はしない。
彼もまた、幾人もの人間を手にかけてきた猛者なのだ。
人は彼を死神と呼んだか。
「…ッ!!リ、ボーンッ!!」
「おう、覚えててくれて光栄だぞ」
「貴様…何しに来た!!」
「何しに?分かってんだろジィさんよ」
ピタリとすぐ目の前にまで来て己に銃を突き付ける死神から、殺気が流れ出てくる。
なんと澄んだ殺気だろうか。
体の芯がピリピリと悲鳴をあげている。
言うことを聞かない手を叱り、銃を取りだし死神に突き付ける。
しかし死神は表情一つ変えない。
「うちのボス、返して貰おうか?」
「何をッ…!!」
「おっと見苦しい言い訳なんざ聞きたくねぇ。調べはついてんだ。チネチッタのドン、バルト。テメーは少しやりすぎた。酒で油断しまくりのボンゴレ10代目に睡眠薬を盛って誘拐。大方守護者共が来た所を袋叩きにする予定だったんだろ。チネチッタは【人数だけは立派なマフィアランキング】で堂々の5位らしいからな」
ツラツラと言葉を述べる死神。
彼の言い分は真実だった。
就任したばかりのケツの青いボンゴレに薬を盛って、今は地下室に寝かせてある。
助けに来た守護者の目の前で殺るつもりだったのだ。
まさか守護者が誰も来ず、この死神1人で乗り込んで来ると誰が想像しただろうか。
しかも屋敷は全滅、燃やされて跡形もない。
命からがらで逃げてきた丘には、待ち受けていたかのように死神がその姿を晒していた。
男は思う。
元家庭教師が態々出向いてくる意味が分からない、と。
「あぁ、意味か。確に俺はアイツの元家庭教師だ。しかし…そうだな。此処まで出来た褒美だ。冥土の土産に教えてやる」
死神は楽しそうに微笑んで、銃を愛しそうに撫でた。
とっくにもう体は寒さを感じない。
容量を越えて麻痺してしまっている。
「アイツはな、俺の正式な恋人だぞ。ゆくゆくは人生の伴侶にする予定だ」
満足そうに頷いた死神は、銃にキスを落としてから己にその口を向けた。
「何か言い残したことはあるか?ドン・チネチッタ」
男はクツリと笑って死神を見据える。
どうせもう助からない。
なにせ相手はあのリボーンだ。
「女の股から産まれた男は、所詮いずれ死ぬ。貴様もだ、リボーン」
いくら死神といえども、変わらない事実。
貴様も所詮人間だ。
今までその手で殺してきた奴らと同じ。
女の股から産まれた男。
しょうもない真実がそこにはある。
死神はそれを自覚すべきだ。
しかし死神はそれでも表情を変えない。
悪口雑言なぞ慣れているのは承知。
だが同じ人間なら、傷付かない訳がない。
「それだけか?クソジジィ」
「あぁ、覚悟はできとるよ。黄色を司るアルコバレーノ、リボーン!!」
その言葉を最後に、男は心臓に痛みと熱が集まるのを感じた。
視界に入るは、鮮明な朱と月と死神。
意識が掻き消される前に、死神の声が脳に響いた。
「残念だったな、バルト。俺達は―――…」
―――――…帝王切開なんだよ。
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