□おやすみの後で
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恋人は今日も元気一杯だ。
きっと今も広い広い野原の上、花々に囲まれ鳥や動物達と囁き笑い合っているに違いない。


脳内で。




「あっははははは…!」



まぁ。
早い話はぶっ壊れたということなのだけれど。



「大丈夫…じゃ、なさそうだな」



久々に恋人の部屋に窓から颯爽と入り込んでみれば、見事に引いた。
何だあれ。
幸せそうだが、目の下に隈があるぞ。
加えて言えば、やつれたような。
睡眠不足は綱吉が苦手とする分野の中で上位に鎮座している残念な症状である。


スカルは溜め息を吐いて、床に散らばった書類を拾い集めた。
敵に見られちゃダメな類の物は混ざっていないと思うが、いいのだろうか。
少々自由が過ぎる気がするのだけれど。



「おい、お楽しみ中悪いがアンタもういい大人だろ…いい加減おとなしくしてくれ」



パシ、と比較的優しく頭を拾った書類で叩いてやれば、綱吉はパチクリと瞬きをして漸くスカルを瞳の中におさめる。



「スカル!」

「…気付くのが遅い」



はあぁ、と溜め息を更に深く吐いたスカルに綱吉は遠慮なく抱きついた。
反動で倒れそうになったが、おっと、と受け止める。
細いのにこういう使えない時用のタックルだけは一人前な綱吉は、スカルの腕に抱かれてふにゃと表情を和らげた。


こうして何の連絡もなくこちらへ来てくれる時が一番嬉しい。
特に、精神的に参ってしまっている今日みたいな日は。



「あぁ…癒される」



例え数年前に背を抜かされてしまっても、癒されるものは癒される。
恋人だからだとか、そういう理屈を抜きにしても波調が合うということは大切な事なのだ。
丁度心臓の上に耳を寄せて、スカルの心音を聞く。
そうすれば、疲れで乱れていた呼吸も心音に誘導されるかのように、普段の調子を取り戻す。



「いらっしゃい!」



10分間の長い抱擁を終えた後に、綱吉は漸く歓迎の言葉を述べた。
ふいー、と満足そうな恋人はツヤを戻しいつもの調子を取り戻している。
スカルの方は長い抱擁は誰かに見られたら嫌でしかもちょっと恥ずかしいので勘弁してもらいたい所存であったのだが、でもまぁ綱吉が元気になったのならばそれでいい。
暗い綱吉なんか綱吉ではない。
それに暗い綱吉はやたら常識を捨てふっきれているので、厄介極まりない生き物になっている。
普段が常識を守っているいい子ちゃんな分、その反動が大きいらしかった。



「紅茶出すから、座ってていいぞー」



ひらひらと手を振ってキッチンに引っ込もうとする綱吉の手首を捕まえて、無言で真っ暗なベッドルームに移動する。
その間疑問符を飛ばしながらもちゃんと着いてくる姿はまるでガキだ。
そしてスカルはそんなガキをベッドの上に放り投げた。
「ぎゃん!」と可哀想な犬のような声を出し、綱吉はベッドに沈む。
しかも顔面から。



「何すんだよバカ!」



ガバリと瞬時に起きた綱吉の額はぶつけたのだろう、真っ赤になっていた。



「誰がバカだ」



スカルはフンと鼻を鳴らしながらも自分もベッドに乗り上げる。
そしてそんなスカルに何を勘違いしたのか綱吉はポッと頬を赤らめた。



「やだ、積極的…」

「……アホ」

「わぶっ!」



呆れたスカルは綱吉の顔面にマクラを叩き付け、ベッドに横になった。
もちろん、ちゃんと掛け布団を被ってだ。
スタンドライトも付けてみたりする。
よって寝る体制は万全になった。
綱吉も困った様に笑って同じ様に布団に潜り込む。



「勝手にシエスタなんかにしたら怒られちゃうんだけど…」

「まぁ大丈夫だろ」

「それに俺、一応ボスなんだけどな」

「知ってる」



布団の中で向き合って、スカルがニヤリと笑みを浮かべた。



「だが俺の恋人でもある。ボスの仕事も大切だが、俺の恋人としての仕事もこなして貰わないと困るからな」

「うわ…」

「何だうわって」

「いや、別に」



随分と自己中だな、と思っただけで。
とは言わない。
だがスカルらしいなぁと何だか納得してしまい、苦笑いまでは押さえられなかった。
それでも結局、彼は彼なりに自分の健康を気にしてくれているのだろう。
ホッペタをギシギシ言う程につねってはいるが、そういう事だと思う。



「ほ、ほふぇんふぁふぁい!」

「何語だ?」

「ひ、ひふぉんふぉふぇふぅ」



伝わってる癖に、中々意地悪だ。
因みに上のは「ごめんなさい」、続いて「日本語です」だ。
綱吉が地味に痛さで泣く前に手を離せば、彼はひーひーとつねられていた頬を大事そうにさすっていた。
確かに、真っ赤になってしまっている。



「寝るぞ」

「あ、うん!」



そう素直に返事を返し、綱吉はうつ伏せに寝相を変えた。
そこでスカルは眉間に皺を寄せる。



「俺はアンタがいつの日か窒息死しないかが心配だ…」

「え、何で?」



どうやら無意識にうつ伏せになっている事に気付いていない綱吉は、そういえば朝獄寺くんが起こしに来てくれた時も似たような事を言ってたなぁとぼんやり考えただけだった。
実際の所、布団にめり込む位に綱吉のうつ伏せ状態は酷い。
なんというか、まだ上を向いて寝てくれた方が恋人としては可愛気があると思えるスカルであった。
しかし流石に小動物の様に両手を顎の下に置きスヤスヤと寝ていた時は思わず眺めてしまったのだが。



「おやすみ、スカル」

「ああ、おやすみ」



ちゅ、と軽い音を立ててキスを交し、お互い瞳を閉じる。
聞こえるのは、恋人の規則正しい寝息だけだ。
幸せな、午後のひととき。
起きた時の事は考えないようにする。


だがスカルは起床してすぐ、後悔する事になる。
忘れていたが、綱吉は寝相が無茶苦茶悪いのだ。
一人で寝る分には構わない。
しかし2人で寝るとなると、もう。
蹴るわ殴るわ布団は占領するわで最悪である。

そんな綱吉に短気なスカルがキレない訳もなく。
見事に気付いたらスヤスヤ眠る天使の様な綱吉を蹴り飛ばし、ベッドから突き落としていた。

つまり、結局。
綱吉の目覚めは、床の上。
しかも恋人の機嫌が悪くなってるとくりゃあ。

寝起き早々、首を傾げる事になるのは目に見えている惨劇である。


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