□恋と甘味
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世間は恋というものをどうも過大評価しているふしがある。

リボーンは本妻や恋人なるものを持たない。
愛人なら沢山いるが、どうも恋とやらに現を抜かす事が出来ない性質なのだ。
職業上、仕方のない事なのかもしれない。
殺し屋という職業は一匹狼だ。裏切りは絶えない。
裏切られて命を落とすヘマを踏まないようにするには、まず人間関係から。
信頼できる人間は情報網などとして活用し、時には手助けも要する。
だが、女はやたらと面倒くさい。
女というものは仕事とプライベートを切ることができないし、理解をしているつもりでも水面下では恨みつらみをきちんと愛情と共に孕ませてゆくのだ。



「あー、だからお前いつまでたっても愛人しかつくんないんだ。なるほどねー」



もくもくとモンブランをつまみながら目の前の男は、さして深く考えていないような返事をかえす。
いや、実際深くなんて考えていないのだろう。
自分から聞いといてなんてヤツだ。

しかも人の話より、モンブランのぐるぐると巻かれたクリームを几帳面に剥がしながら食べるという事に夢中らしい。
切れてしまうたび、「ああっ」と小さく悲鳴をあげている。



「テメー聞く気ねぇじゃねーか」



チャキッと銃を額につきつけてみる。も、反応は薄い。チラリと顔を伺われただけだった。
全く、この教え子も随分図太くなったものだ。
昔はあんなに可愛気があったというのに。
今は顔ぐらいにしか面影は残っていない。



「聞いてるよ。女が面倒臭いんだろ?でもさ、それだったらよく愛人を増やしてけるよな。そっちのが面倒臭くない?」

「馬鹿言え。どれも最初は情報網だったんだぞ。だが女はすぐに関係を持ちたがる。特に俺様は類を見ない程のイケメンだからな」

「…ふーん」



リボーンの馬鹿げた寝言は流して、綱吉は更にモンブランを口へと運ぶ。
甘い。
あまりの甘さに口元がつい綻んでしまう。
最近マーモンが来ないから甘味を控えていたのだ。
一人でケーキを食べても仕方ない。
だが今日はこうしてリボーンが来て、しかもケーキを買ってきてくれたのだ。
これを食べずしてどうしろと。



「そんなにケーキが好きか」

「うん、好き!」



にっこりと花を綻ばせながら笑う綱吉に、リボーンはやれやれと溜め息をついた。
お前今年で何才だったっけか。



「ドルチェは唯一の癒しなんだよ」

「昔はそれほどでも無かったのにな」



昔から好きではあったが、ここまで好きではなかった気がする。
ビアンキ達の余りをちょっと貰って食べていたくらいだ。



「それより銃しまえよ」



綱吉はむぅと膨れた様に銃を見て、顎でリボーンを促す。
リボーンもそれに従った。

余りの自然な流れに、誰かが居たら驚きに目を見開いていたことだろう。
リボーンは人からの指図を最も嫌いとするのだ。
しかし忘れてもらっちゃ困る。
相手は、あの沢田綱吉だ。
ボンゴレだとかは関係ない。
沢田綱吉だからできる事。

結局のところ、一番重要視されるのは地位よりも名誉よりも何よりも、信頼関係なのだから。



「でも俺も今は恋とかいいかなー」

「あぁ?」

「だって、幸せなんだもん」



不覚にも、リボーンは胸をときめかせてしまった。
勘違いするよう無意識に仕向けるのはやめてほしい。
そしてリボーンは内心で舌打ちをする。
恋に現を抜かすつもりはミジンコ程も無いというのに、この男ときたら。

誰だって自分と視線を交しながらドルチェに対する愛(しかも主語がない)を吐かれたら、勘違いするに決まっているではないか。



「はぁ…なんというか、言葉に表現出来ないくらい」



はぅんと瞳をうっとりさせ、頬に手を添える仕草。
悔しいけれど、似合いすぎだ。
今まで付き合ってきたどんな女より、その仕草が似合うとは。
リボーンは何だか複雑な心境に陥った。
そして最後の一口をたった今頬張った綱吉を、こちらも頬杖をついたまま見守る。

こちらまで幸せになれそうな位、幸せそうな表情。
たったドルチェ1つで、何故ここまで幸せそうになれるのだろうか。
…分からない。


リボーンはモンブランの乗っていた皿の端に置かれた栗を手で摘んで口へと運んだ。
甘い。甘すぎる。
まぁそりゃあ砂糖がコーティングされているのだから当然か。



「あああ!お前それ俺の最後の楽しみでとっておいたのにぃ!」



ぎゃぁああ!と悲鳴を上げながらフォークで人を指す行儀の悪い教え子に、何やらいい考えが脳をよぎる。

そしてそのまま椅子から立ち上がり、綱吉の横まで移動。
首にだらしなく掛ったネクタイを引き上げて上を向かせれば、そのチェリーの様な唇へとキスを落とす。
残念ながら栗は飲み込んでしまったけれども、何と無くは伝わる筈だ。
が。しかし。
綱吉の口内の方が甘い。

普段は嫌がる癖に、キスを甘んじて受け止めているところを見ると、綱吉の諦めの悪さが見え隠れしている。
そんなに栗が食べたかったのか。



「んー…」



と色気の欠片も無い妙な唸り声が聞こえてきたので、仕方なくはなしてやった。
最後に、口端についたクリームを舐めとってやれば更なる甘さ。


嗚呼。
誰かが比喩した恋というものは、甘さでいうとこのくらいなのかもしれない。



「もーお前サイテーだよ」



ブツブツ呟く教え子は、箱の中から次のケーキを取り出している。
因みにモンブランは2個目だった。
まだ食うか。



「あんまり食うと太るぞ」

「うっ…うるさいよ」

「目が泳いだな。やっぱ太ったのかお前」

「…お前やっぱサイッテー!恋人出来ない原因ってその性格が問題なんじゃないのか!?」

「はっ、ダメツナめ。女性にそんなシツレーな事言うわけねーだろ」



クツクツと笑いながら席に戻るリボーンを、恥ずかしさに顔を赤らめながらも恨めしそうに睨む綱吉はクラシックショコラにフォークを刺した。
最高級生クリームをたっぷり飾ったガトーショコラだ。



「いっ、いただきます!」



照れ隠しなのかヤケになったのか。
そこらへんは定かではないが、綱吉はムシャムシャとケーキを食べることを再開した。

そして引き続きリボーンもそんな綱吉を見つめることにする。


2人きりだったのがいけなかったのだろうか。
獄寺や山本、雲雀や骸などが居れば少なくともリボーンは気付いたかもしれない。

ドルチェよりも何よりも、甘いのはここ一体に広がる空気そのものだということに。


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