□君の笑顔を見る
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綱吉が笑わなくなったのは、確かも何もあの事件がきっかけだった。
元々感情を爆発させる煩いタイプでは無かったけれど、彼と居るときは良く笑っていた記憶がある。
控え目な、可愛らしい笑み。
しかし当時はさほど沢田綱吉という人間に惹かれなかった。
知っていた情報と言えば、住所、名前、性別。
そして遅刻魔という事だけだ。




チリンチリン、と喫茶店の扉が開き鈴がなる。
思い出をしまってそちらを見れば、沢田綱吉が立っていた。
どうやら言いつけ通り、ちゃんと一人で来た様である。



「座りなよ」

「…はい」



きまずそうに視線を泳がせてから、綱吉は雲雀の前の席へと腰掛ける。



「昨日は、すみませんでした」



そしていつものように謝罪の言葉を述べる。
これが綱吉の自己満足に近しいものだと知っている雲雀は、それに返す仕種も見せずコーヒーカップに口付けた。



「綱吉、彼の前で笑顔を見せたんだってね」



とりあえず話を切り出さなければ始まらないので、前置きもなしに雲雀は話を進める事にした。
思わぬ情報に驚いたように目を見開いた綱吉ではあったが、肯定する為に深く頷く。



「彼―――…コロネロだっけ。彼とはどんな関係?」

「…分からない、です」

「ふぅん。君は分からない事だらけだね。僕との関係もよくは分かって無いみたいだし」

「っ、ごめんなさ…」

「謝らないでよ。それ、腹立つから」



嘘や言い訳を求めてここに来たわけではない。
雲雀は、綱吉の本心が知りたくてここに来たのだ。
友達とも言えない。
知り合いと言うには、あまりに知りすぎている。
しかし。
恋人というにも、何かが欠落しているようにも思えた。
いや、何かだなどと…。
もうそれが何か、雲雀には明確に分かっているのだ。



「はっきり言って。綱吉、君はコロネロを愛しているの?」



雲雀の漆黒の瞳が綱吉を捕える。
この瞳には、随分世話になってきた。
彼が居なくなってから、ずっと。
雲雀の中に潜む闇に、共鳴願望が生まれたのかもしれないなぁ、と綱吉は何と無く思ってから、意外に冷静な自分に少しだけ驚く。

さぁ、と雲雀が促す。

ここで彼を蒲う言葉を言ったとしても、結局誰も救われないのだ。
雲雀も、それを望んではいない。

綱吉は意を決したように、大きく息を吸い込んだ。
何かを決め込む時には、深呼吸がいいんだ!というのは、彼の受け売りだけれども。



「はい。多分、愛してるんだと思います」



いつのまにか自分のテリトリーにやって来て、居座った図々しい青年。
名前も知らない上級生にずけずけとタメ口をきいてきた青年。
ぶっきらぼうなのに興味関心もない相手の話を聞き、ちゃんと返事を返す青年。


そして。

あの屋上から、何もかもを壊して綱吉の手を引き外の世界へと連れ出した青年。


それが、他でもないコロネロであった。



「山本の事は、忘れた訳じゃありません。勿論、雲雀さんへの思いも、全部。全部、投遣りになった訳じゃないんです」



その瞳に光を宿し、綱吉は雲雀に応える。
コロネロの何が綱吉の心を釣り上げたのかは知らない。
でも、多分。
山本と重なるところが大きい様な気がする。
雲雀はフンと鼻を鳴らして、綱吉の足を机の下で蹴りあげた。


嗚呼、腹が立つ。
どうして彼は、自分が願っても手にできないものを、あんないとも簡単に。
ズルイ。



「君は、山本武の事をコロネロに言ったの?」



それが肝心だ。
隠して生きていくなど、きっと誰も救われない。
コロネロが綱吉を手にする代償は大きい。
綱吉と共に生きるということは、彼の過去も、山本武の存在も、今までの罪も、何もかもを受け入れなければいけないということだ。

先程まで蹴られた足の痛みに悶絶していた綱吉は、小さく肩を震わせた。



「まだなんだ」

「…時期がきたら、」

「それじゃあ駄目だよ。ねぇ、綱吉」



綱吉。
君が今しようとしている選択の意味の重みを、分からないほど馬鹿ではないでしょう。



「甘えるのは、辞めなよ」



ケジメ、という言葉を呟く雲雀に、綱吉はぐっと息をのむ。
今までケジメをつけずにダラダラと雲雀に甘えて来たのは他でもない自分だ。
雲雀の優しさに付け入って、山本が残した責任を擦り付けた。
それなのに、自分は雲雀を選ぶことも出来ない。
彼が毎回体に残す傷跡は、自分への戒め。
彼からの不器用な愛だけが、頼りだった。


雲雀はいつまでたっても不器用に綱吉を愛する。
それでも、そこにはいつも暖かさがあったのだ。
だから綱吉もすがっていれた。

愛を確かめ合う行為が、暴力的でも構わなかった。
噛まれても、殴られても、蹴られても。
それが彼の愛だと知っていたから。

それでも、雲雀は山本の陰だった。
真逆の位置にいる2人。


人を忘れて人を愛するということは、こんなに辛いものだとは思ってもみなかった。



「…雲雀さん」

「何」

「…ありがとう、ございます」



結局。
最後まで綱吉の頬を染めるのは笑みではない。



「君は…いつも泣いてる」



いつの日か、笑わせてあげたいと願った。
それでも、不器用な性格が祟って出来ないジレンマにさいなまれるだけだ。
皮肉だと思う。
彼の笑顔を造り出す為には、コロネロの手助けをしなければならないなんて。



「僕以外の前で泣いたら、許さないから」



不器用な言葉の中に潜む愛に、更に涙を溢すことしか出来ない自分。
本当だ。
彼の前では、自分はいつも泣いていた。
もう、そんな彼に愛してるだなんて言えないし、後悔なんて事は冗談でも出来ないけれど。



「ありがとうございます、雲雀さん…!」



その言葉は、心の奥底から言える事だから。

最後まで甘えてしまった、情けない俺を嫌わないで欲しいのです。

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