□薔薇園にてワルツ
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一応ツナが僅かに女装しています。苦手な人は注意です!

















出会ったのは偶然。
それを奇跡だなんだでくくるには、まぁ順当。



香り芳しき薔薇園。
赤を初めとする色とりどりの薔薇が咲き乱れている。
そんな薔薇の芳しき香りに加えて更に芳しき香りの貴婦人がたの香水に、ツナは顔を素直に歪めた。
逃げるようにして噴水まで行けば、怪しげな視線を投げつけられる。
そりゃそうだ。
この貴族のティーパーティに一般庶民が混じって居るのだから、首を傾げたくもなる。
一応服装は淡いピンクの控え目なドレス。
髪飾りには白薔薇をあしらってみた。
コツコツとヒールを鳴らして足を動かす。
痛い。
よく女性はこんな自虐的な行為を好んでできるものだ。そこまでしてお洒落を気にかける所には、尊敬の念が沸いてくる。

向う側で楽しそうにお喋りして居る招待人にじっとり視線を投げ掛けてみた。
すると視線に気付いたのかチラリとこちらを向き、話相手の伯爵に一礼。
そしてこちらへやってきた。



「スカル話長い。井戸端会議に花を咲かせるオバサマか」

「仕方ないだろう。これも仕事だ」

「ったく、楽な家業もあったもんだよ」

「それより、言葉使いには気を付けてくれ…浮くぞ」



更に、とは付け加えないでおいた。
が、その含みを読み取ってツナからスカルへと鋭い睨みが飛ぶ。


スカルは由緒正しき貴族、カルカッサ家の一人息子。
打って変わってツナはただの街の帽子屋の息子だ。


数ヵ月前までは、顔すら知らなかった2人が今こうしてカルカッサ家主催のティーパーティに参加しているのには訳がある。


それは数ヵ月前のあの日。
スカルが屋敷を飛び出した事がキッカケであった。








13日の金曜日。
その日は晴れ。
ツナはいつも通り店番をしていた。
母親は井戸端会議に花を咲かせている。
と、そこへ1本の電話。
渋々ツナが取り、用件を受けたまう。



「母さーん、ビアンキさんから予約した商品を届けて欲しいって電話があったんだけど…」



おずおずと常連の奥さま方の間を縫って母に電話の用件を話せば、彼女はあらあらと困った様に笑った。



「ごめんなさい、私今日午後から生地の下見に行かなきゃならないのよー。ツっくん、代わりに行ってくれないかしら?」



ね?と言われていつもの様にえー…と返そうしたのだが、如何せん周りの奥さま方の視線がなんとも言えない。
結局ツナは視線に敵わずイエスを出して、ビアンキの元まで商品を届けなくてはならなくなった。

商品を抱えて、裏路地に出る。
ビアンキの家は何故か郊外にある。あまりに様になりすぎているので、魔女だと疑っている輩も居るのだが、ツナがまさにその輩の内の一人だった。
ビアンキの「お礼」を食べて、何度腹を下したことか。
あれにはぜったい毒が入っていたと思う。
うん。

その魔女の館までの道のりをダラダラと歩く。
行きたくないのだ。
大切な客であるが、ツナは人見知りに加えて苦手と認識した人種は多分死ぬまで苦手と認識し続ける男だった。



「あああ…行きたくねー、お茶とか出されたらどうしよう…俺断り切れるかな…」



ぶつぶつと小言を溢しながら歩く。
するとドンと誰かにぶつかってしまった。



「うおうっ…ごめんなさい!」



よろよろしながら謝るツナに、ぶつかった男は何かを考える様に顎に手をやる。
表情はやたら不機嫌そうだ。
ヤバ、この男もしや怒りんぼさんだったのだろうか。
見当違いのツナは一人あわあわとしだす。

と、そこへ数人の男がやってきた。
なんというか、その表情はやたらこわばったものである。
その内の一人、程よく太った気品漂うオジサマが怒りんぼさん(仮)の前に立つ。
オジサマは何だか焦った表情をしていた。
皆よくみれば息を切らして汗だくだ。
もしかしなくても、この男を追ってきたのだろう。

いきなりアウェイになったツナはどうしようと辺りを見渡してから抜け出そうと試みる、が。



「……は?」



手首を男にガッチリと捕まれてしまった。
しかもその上睨まれる。
…えぇぇぇー。
何故。怖い。

怒りんぼさん(仮)はとても恐ろしい人だ!と認識したので残念ながらツナはその場から動けなくなった。
例えるならば蛇に睨まれた蛙。



「スカル!どうして逃げ出したりしたんだ…!そんなにあのお嬢さんが気に入らなかったのかい!?」

「…いえ。あの人は別に。言うなれば地位も権威も兼備えて居るヘアフォード家の娘ですし、性格もおしとやかで無駄口を叩かずまぁそこそこには気も合いそうでした」

「なら何故だスカル!今婚約しておけば、我がカルカッサ家の明日も明るいのだよ?!」



オジサマが勢い付いてスカルとかいう(めでたくも仮は外れた)怒りんぼさんの空いている手を掴んだ。
しかしスカルとかいう怒りんぼさんは表情を神妙なものに変え首を横に振る。



「父さん、僕は貴方に謝らなければなりません。黙っていた事があります」

「な、何をだい?」



ゴクリ、とその場の人々が息を飲む。
ついでにツナも飲んでいた。



「僕は、この娘に恋をしています。そして結婚を前提にお付き合いも…」



はぁあ、と溜め息を吐いたスカルとかいう怒りんぼさん改めお馬鹿さんにツナは口をポカンと間抜けに開けることしかできない。
そりゃそうだ。
だって、今何と言った?
結婚を前提に?お付き合い?



「はぁぁぁあああ!!!??」



何ふざけた事を言っているのだろうこのスカルとかいう怒りんぼさん改めお馬鹿さんは。
大体娘じゃねぇよ!
と突っ込もうとした所で、オジサマが代わりに突っ込んで下さった。



「女…の子?」

「えぇ。普段はこんなみすぼらしい、男みたいな身なりをしていますがれっきとした女性なんです」



みすぼらしい!?
普段着だよ失敬な!!

きしゃー!と怒りのあまりスカルとかいう怒りんぼさん改めお馬鹿さんを殴ってしまおうかと思った瞬間、先に彼にミゾオチを殴られた。
しかもオジサマから丁度死角になっている所で。



「うぅ…」

「おう!どうした少女よ!」

「大丈夫か?!無理はするな!実は病に侵されているんです!早くベッドに運ばないと!悪かったな、無理してここまで連れだしてしまって!本当は駆け落ちの計画も立てていたのですが…すみませんでした父さん、どうか今までの事を許してください…!」



えぇー、死ぬ設定ですか。
死んじゃうんですか俺!


ロクな設定を出して来ないスカルとかいう(以下略)の名演技により何故かころっと騙され感動しているオジサマ改め馬鹿爺はツナの手を握り、うんうんと深く頷いていた。



「スカル!お前の愛がここまですばらしいとは思わなかったよ!婚約は取り止めだ…!さぁ、君、大丈夫か?!早くベッドへ!」



必死なオジサマ改め馬鹿爺に、ははと乾いた笑いを漏らしながらツナがスカルとかいう(以下略)を見やる。
すると彼はしてやったりという顔でほくそえんでいた。

何だあいつ。
最低だ!



そう。
残念ながらそれが、スカルとツナの出会いである。

それからは大変だった。
何が大変かって、そりゃもう色々。
まずスカルのバカデカイ家の敷居を跨ぐ際には必ず性別を偽らなければならないし、ゴシップ好きな周りの視線もやたら厳しかった。
貴婦人は意外にもゴシップ大好きっ子だったようだ。
そして何よりも大変なのはスカルの激しい裏表の事情に付き合わなければならないことだった。

あれだけ「父さん…!」だの「僕は…!」だの言っていた癖に、オジサマや使用人が去った瞬間に「俺」だとか俗語を使い、人を「アンタ」呼ばわりだ。
挙げ句の果てには「彼女は確かにおしとやかだが実はヒステリックが激しくてな。あんな女と結婚だなんて有り得ん」とか言い出した。
仮にも元婚約者なのに。


ツナはそこで十分理解した。
あ、この人本当に最低な人なのかもしれない、と。





「…あんときビアンキの電話無視すりゃ良かったな」

「何か言ったか?」

「…いえ、別に」



2人して噴水の縁に座る。
お行儀が悪いのは元からだ。しかも足が痛いので仕方ない。
貴婦人の皆さまは一緒になって座るスカルを見て「彼女の物差しに合わせているのだわ。なんて紳士的!男性の鏡!」なんて仰っているのかもしれないが。
違うよ。
こいつもお行儀が悪いだけだよ。
おお…伝わらないって悲しい。



「ワルツだ」

「え、何が?」



キョトンと首を傾げたツナにスカルはクツリと笑って見せた。
そしてツナの耳を程よく引っ張る。
そこでツナもスカルの言いたい事を理解したようだ。



「あー、曲ね。スカル踊ってこいよ。確かあっちにワージング伯爵が後見人のお嬢様が居たから」

「嫌だ。何で赤の他人の女と踊らなきゃならないんだ」

「え?だって…、」

「俺はアンタと踊る」



急にグイっと手を引っ張られて立ち上がらされる。
足の痛みは引いていたけれど。



「俺、踊った事ないよ?」

「構わない。俺に合わせて揺れてるだけでとりあえずは形になるからな」



チュ、と手の甲にキスを落とされ、ツナはスカルの腰に腕を回した。
そして言われた通り揺れてみる。



「ワルツって眠くなる」

「これ結構軽快な曲だぞ。アンタおかしいんじゃないのか?」

「うっ…うるさいな!」



ゲシゲシとスカルの足を踏もうと試みるが、全て器用によけられてしまった。
何と言うことだ。



「このっ…馬鹿!」

「はっ、アンタには負ける」



そうクツクツと喉を鳴らして笑うスカルに、ツナは色んな意味で弱い。

もう本当、最低だ。



「今日ティーパーティに付き合ったんだから後で何か奢れよ!」

「ああ、分かった」



そしてちゅう、と額にキス。

瞬間、薔薇園がいつも以上に甘く色めき立ったのだが。
残念、2人はワルツに夢中で気付かなかった。

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