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□OATH 2
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河原にて2人。
何と無く川を眺めている。
一人は今手に入れた幸せに心を満たされて。
一人はこれからの事を案じて不安気に。
「…これからどうすんだよ」
「どうって言われてもなコラ」
「えっ…まさか考えなし?」
最低!と溢した元屋上の住人ではあるが。
先ほどから、きょろきょろと辺りを見渡しせわしない。
「ツナ」
「…ん?」
大丈夫だと、まるで子どもを安心させるかのように手を握ってみた。
生暖かい体温が伝わってくる。
瞬間、綱吉の瞳の中の光が揺らいだのをコロネロは見逃さなかった。
そして鈍い光が綱吉の瞳に灯る。
「…、コロネロ」
「何だコラ」
「手、離して…」
「あぁ?」
「いいから」
しゅ、と手を引かれて暖かい体温が手の内から消える。
訳が分からなくて綱吉の顔を見ればコロネロの後ろの辺りを見つめ、表情をこわばらせていた。
コロネロは眉間に皺を寄せて振り返り、ああ成程と納得する。
いつの間にかそこに居たのは、風紀委員長、だった男だ。
去年卒業していった男が何故ここにいるのだろうか。
散歩とは考えにくい。
別に町内を散歩していて偶々会ったと解釈できなくもないが、張りつめた場の空気がそれを大いに否定している。
元風紀委員長、雲雀恭弥は制裁に手を抜かない、並高の君主制を築き上げた男だ。
雲雀はチラリとコロネロを見て、片眉を上げた。
しかし反応はそれだけで、直ぐ様綱吉に向き直る。
綱吉は表情をこわばらせたまま固まっていた。
「まさか逃げるなんてね。流石に思わなかったよ」
「…す、みません」
震えた声で雲雀に返し、綱吉はコロネロをかばうように前へ出た。
瞳に宿っていた鈍い光は、少しだが濃く濁り始めている。
「行くよ。もう気がすんだでしょ?」
不機嫌そうに告げると、雲雀はだらりと垂れ下がる綱吉の手首に手を添えた。
そして思いきり手を引けば、綱吉の体は抵抗もなく雲雀の腕の中に収まる。
筈であった、が。
「……ちょっと。どういうつもり?」
綱吉の腰に腕を回してその流れを阻止したコロネロに、雲雀は殺気を叩き付ける。
しかしそれに屈することなくコロネロも雲雀に殺気を叩き付けた。
「それはこっちの台詞だコラ。いきなり出てきて訳が分かんねーぜ」
フン、と鼻を鳴らしてコロネロは雲雀を見据える。
そして思った以上に綱吉の腰が細くて、心の内で舌打ち。
「綱吉、屋上には来てたんだよね?」
コロネロと目を合わせながらも、雲雀は綱吉に問掛けた。
それに綱吉はコクリと頷く。
「あぁ。丁度ドアを開けたヤツ。テメーだったのかコラ」
「…ふぅん。やっぱり君が綱吉をあの場から連れ去ったんだ?王子気取りかい?」
「悪かったなコラ。テメーの役をうばっちまって。だが当の綱吉が怯えてたんでついな」
クク、と頭上でコロネロが喉を鳴らしたのを聞き、綱吉は顔を真っ青にする。
手は雲雀に掴まれ、腰はコロネロに抱かれ、かなり嫌な状況なのに、その上頭上で火花を散らされてはたまったもんじゃない。
「あ、あのっ…」
震える声をどうにか相手に届けようと、綱吉は声を荒げた。
「コロネロに、連れ出せって、頼んだのは、俺ですっ…だから、今回の事は全部俺のせいで、す」
次第に雲雀の手にかかる力が強くなっていくのを感じたが、綱吉は続ける。
ギリギリと、痛い。
骨が軋む。
うつ向いているので雲雀の表情は分からないが、代わりに河原の砂利を睨みつけた。
ポトリと額から汗が落ち、石に濃い染みを作る。
すると溜め息が聞こえてきて、思わず顔をあげてしまう。
そこには呆れた表情をした雲雀の顔があった。
「…そう。本当に、君が頼んだんだね?」
「…はい」
「オイ、ツナ、」
雲雀をやりすごすいいチャンスに、コロネロという邪魔が入る。
ここでブチ壊されては堪らない。
思わず綱吉はコロネロの足を思いきり踏んでいた。
そうして黙ったコロネロは、綱吉の言いたい事が分かったらしい。
コロネロから小さく舌打ちが聞こえてきたが、無視だ。無視。
「まぁ…また迎えに来るけど。今度は逃げないでよね」
「……分かってます」
そう綱吉がぎこちなく笑うと、雲雀は諦めた様に手を離した。
そしてこちらも不機嫌そうなコロネロに目をもう一度向ける。
「でも君は許さないから。生半可な気持ちで綱吉に関わろうとしてるなら、僕が君を殺す」
澄んだ殺気に、ぞくぞくと寒気が襲ってくる。
コロネロはニヤリと笑ってチロリと唇を舐めて湿らせた。
しかし綱吉からしてみれば冗談ではない。
殺すだなんて、そんな。
「雲雀さんっ!!」
少しだけ悲鳴にも似たような響きを含んだ声を上げて、綱吉は雲雀を制す。
すると雲雀はプイっと踵を返して行ってしまった。
完全に見えなくなるまで見送った後、綱吉は大きく溜め息を吐く。
そしてその場でヘナヘナとしゃがみこんだ。
「おい、ツナ。大丈夫かコラ」
「…大丈夫、なわけない」
緊張の糸が切れたのか、ぐずぐずと泣き出した綱吉にコロネロは困ったように顔をしかめながらも、一応頭を撫でてやる。
「もう、愛とか恋とか、関わりたくないのに…」
「おぉ」
「馬鹿見るのは分かってるのに…」
おえつを漏らしながら綱吉はボソボソと言葉を紡ぐ。
そしてコロネロの制服のシャツの裾を軽くつかんで引き寄せた。
コロネロもそのまま、綱吉の好きにさせてやることにする。
「俺は、テメーとなら別に構わねぇぞコラ」
その言葉に綱吉は顔をあげ、コロネロを見る。
嗚呼、何て。
何て青空が似合う人なのだろう。
あの人と、重ねてしまいそうで恐ろしい。
恐ろしいのに。
どうしてか、この心は無情にも彼を求めてしまっている。
嫌なのに、もっと欲しい。
なんという矛盾だろうか。
そうして綱吉はコロネロの言葉に次々と涙を溢れさせながら、わんわんと声を出して泣いた。
声を出して泣いたのは、あの時を境にして丁度。
実に一年と10ヶ月振りである。
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