□OATH 1
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やさぐれた愛なんて、腐るほど持っている。
それが容量オーバーで溢れ出る未来なんて正直冗談でも欲しくはなかった。


屋上からの景色は果てしなく澄んでいて、馬鹿みたいに晴れ渡っている。
海よりも深い空。
あの果てにあるのは宇宙。
計り知れない物があるなんて、いったい誰が言ったのだろうか。



「よく飽きないねぇ、そんな人生」



屋上の住人はある日そんなことを言っていたけれど。
あまりに唐突過ぎて中々に意味が分からなかったのでスルーした。

屋上の住人は2歳年上の冴えない3年生。
愛だの夢だのを削除した、可愛げのない高校生。
説明しがたい髪形に、キャラメルのような甘い瞳。
小さいチェリーのような唇は、いつだって否定の言葉しか吐き出さない。



「愛だの恋だのばっかみたい」

「どうせ無くなって消えちゃうんだから、最初から手にしなければいいのに」

「悲しいだとかホザく前にテメーの過ち後悔しろよ」

「まぁ後悔したところでなんにもならないんだけどね」



独り言のように投下されていくそれ。
あざ笑うでもなく、淡々と吐き出されるそれ。
彼は吐き出して、吐き出して。
結局何を手にしたというのだろう。





そして。
甘く切ない空気を散りばめた春。





「笑えコラ」



体育館で行われているのは卒業式。
それでも屋上にいる彼。
桜の舞わない校庭。
誰かが全て切り落として行った蕾。
未来の見えない卒業論文を手にした、屋上の住人。



「いや、だ」



笑うのが?

いや。多分そんな事ではないのだろう。
彼の瞳から、一粒雫が流れ落ちて頬を滑った。
嫌だ嫌だ、と駄々をこねる子供のような屋上の住人。
何だかとても居たたまれなくて。
初めてその時キスを交わした。



気づけば恋に落ちていのだ。
恋を全面否定する彼に。
しかし屋上の住人は嫌がる様子を見せるでもなく、自分の腕の中に収まっていた。



「…ごめん。ありがとう」



顔を少しだけ離してから、もう一度、今度は触れるだけのキス。
音のない世界に、たった一音添えるだけで世界がこんなに変わるとは。



「もう、行かなきゃ」



でも刻々と別れは近づいてくる。
嫌だ。
別れたくない。
傍に居て、口付けを交わしたその唇から言葉が紡がれていくその時を一緒に過ごして行きたい。
確かに、恋だの、愛だの。
どうせ無くなってしまうのだからと、最初から手を出さなければ良いのかも知れない。



「行くな、お前、」



それでも。
名前も知らない屋上の住人。
行かないで欲しい。
しかし、屋上の住人は眉間に皺を寄せただけ。
彼の感情が薄いことは承知済み。
自分の感情が抑え切れない事も認知済み。
苦手な計算を放置して、心の赴くままに身体を動かす。
骨が軋んで砕けてしまうほどの強さで、彼の細い身体を抱きしめる。
このまま、2人溶けて、交わって、青空に染まって。
消えてなくなってしまえば良いのに。


だがやはり。
世の中そんなに上手くいかないのだ。
屋上の住人が密かに息を飲み込んだ瞬間、この空間で唯一の現実の世界へと続く扉が開かれた。

キィ、と軋んだ音を出しながら開かれていく屋上の扉。

腕の中の温もりが、だんだんと冷えて冷め切っていくのが手にとるように分かる。

誰がやって来るかなんて、別に興味ない。
今の興味を根刮ぎ所有しているのは、屋上の住人ただ一人。

誰かを守りたいとは思ったこともないけれど。
今なら、理解できる。
理屈ではない、彼がこの腕の中に存在する限り。
嗚呼、そうだ。
上手くいかないのなら、壊せばいい。




「っ、わ」



屋上の住人を強くキツク腕の中に閉じ込めたまま、青空に続くフェンスを乗り越えて地上へと降り立つ。
天使だなんて、そんな滑稽なものではない。
器用に着地を決め込んで、なりふり構わず駆け出した。
校舎はざわつき始めている。
もう、卒業式も終盤に差し掛かっていた。



「コ、ロネロっ!!待って!」



焦った声が聞こえてきて、思わず笑いそうになる。
屋上の住人は、屋上に縛られていたのだ。
彼の知らない間に。
本人に壁が壊せないというのなら、他人が壊していっても良いだろう。
なんせ世間は世知辛い。
今更、何を規制するというのだろうか。



「名前、知ってたのかコラ」



姫抱きのまま、見知った町並みを走り過ぎていく。
少しの余裕が出てきた暁に、彼の表情を伺えばそこには初めて見る表情。
無愛想なのもいいけれど、やはりこっちの方が愛くるしい。
困ったように、泣き出しそうな顔。



「名前なんかどうだっていいだろっ!降ろせよ!」

「どーでもよくねーぞ。屋上の住人」

「何だ、それっ…!」

「お前の愛称だコラ。屋上から出ようとしない、臆病で可哀想な青年だとよ。随分美しい扱いになったモンだな」

「かってに七不思議化すんな!俺っ…俺は別に出なかった訳じゃない!帰る場所もあったんだ!それを、お前がっ…」

「あんなに嫌そうにしといて良く言うぜコラ」



フン、と鼻を鳴らせば、腕の中に収まっている彼は本格的に泣き始めてしまう。
ぎゅう、と丁度心臓の上、シャツを握り締められて、何故だか鼓動が少しだけ早まった気がした。



「幸せなんて、この世にないんだからな!」

「べつにいらねーよ、ンなもん」

「すぐ消える不確かなものなんて、もう絶対要らないしっ」

「馬鹿かテメー。俺とテメーが存在してる限り、不確かなものなんてねーぞコラ」

「だ、だいたい!俺お前の先輩だぞ!」

「じゃーなんて呼べばいいんだコラ」

「・・・沢田、先輩」

「沢田、何さんだコラ」



にっ、と笑って瞳を覗き込めば、彼はぐうと唸って、仕方なさそうに肺から息を大きく吐き出した。



「もう。いい。・・・ツナで、いい。最初から思ってたけど。お前、いい加減色々と面倒くさいよ」

「ハ、めんどくせー方がテメーにゃ丁度いいぜコラ」



河原まで走って走って走って、ようやく止まってツナを降ろした。
気まずそうにそこに立っている彼の背景は、青一色ではなくなっていたけれど。


「今度は俺がツナの屋上になるぜコラ」


約束だ、と。
戸惑う彼の小指を小指で絡めとる。

やさぐれた愛なんて、腐るほど持っている。
それが容量オーバーで溢れ出る未来なんて正直冗談でも欲しくはなかった。

でも。
だったら。
愛を失って空っぽの彼に、甘く味を調整したそれを注いでいけばいいだけの話だ。



青空のもと、走り出したそんな恋。


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