□世界の終りより何よりも君は僕の為だけに生きていて
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目に染みる程の夕陽が好きだ。
もしこれが絵画だとして、もしそれが財布の中で間に合う金額だったら、絶対に買うと思う。
題名も、自分でつける。
多分、野良猫を見付けて勝手に家に持ち帰ってしまった子供の様な心境。




じぃ、と石畳の上を歩く鴎を見つめる。
こうして少し太ったお爺さんのばら蒔いた餌を必死に食べる鴎をみていると、何だか幼い頃に公園でみた鳩を思い出す。
色合いも近いし。



「ボウヤもやるかい?」



最近顔見知りとなってしまったお爺さんが声をかけてくる。
優しそうな人だ。
なぜいつも鴎に餌を与えてるのだろうか。
暇だから、家族に相手にされないから、鴎を見ていたら餌をあげたくなっちゃったから、あげてたら鴎に懐かれちゃったから、そしたら愛敬がわいてその上自分の役目みたいなのを見い出しちゃったから。
理由は何にしろ彼は鴎オジサンとして地元の人に有名なのは変わらない事実だった。



「俺はいいです」



困ったように笑ってお爺さんに返せば、お爺さんは不思議そうな顔をした。



「どうしてだい?」

「だって、恐いんですもん」

「こんなに可愛いのに?」

「えぇ、こんなに可愛くても」



クークーと鳴く鴎。
お爺さんの肩に止まったり、その手の内にある餌を早く寄越せとばかりに腕にとまったり、つついたり。
お爺さん、長袖で良かったなぁ、とかなんとか。
そんな微妙な事を思いつつ、綱吉はもう一度困ったように笑った。
これはもう、癖みたいなモノだ。

お爺さんはそんな綱吉を見て、さほど気にした様子ではないが一応此方も癖であるのか肩を持ち上げる様な仕草をした。
そして持ち場へと戻っていく。



港、市場。
観光地に色々。
沢山場所はあるけれど、やっぱり夕陽見たさにここへと足を運んでしまう。
今刺客に殺されても、多分別に後悔なんてしない。
だってこんなに綺麗な風景を見ながら死ねるんだもの。
それに、ここまで赤が滲んだ町じゃ、濃い血の赤も薄れるというもので。

きっと、今綱吉が血を流しても、この風景はこの風景のままだ。
鴎はきっと餌に夢中であるし、お爺さんも鴎で夢中であるし。
遠くに浮かんだ船もそのまま、町行く人も、夕飯を楽しみに家路につく。
ずっと一貫してそこにある幸せ。少しだけ狂気的なそれ。



「うー。ちょううらやましー」



思わず日本語で呟いてしまう。
するとビックリすることに上から日本語が降ってきた。



「いつも何しに抜け出してるのかと思ったら、ただの散歩かい。拍子抜けだね」



ビックリして上を向けば、少し高い、まだ灯りのともっていない街灯の上にマーモンが腰かけていた。



「ま、マーモン」

「フン。屋敷で行方不明者が出たっていうんで探してやれば。ツナヨシも実年齢は大人なんだからもっとしっかりしてよね」

「うー…ごめん」



上からゆっくり降ってきた彼が地に足をつけるのを見届ける。
それに加えて自分はなんてフワフワフワフワ。地に足もつかないどーしようもない大人だ。



「ここ、いいでしょ?俺のお気に入りスポット」

「只の港だよ」

「そ。只の港、」



太陽は半分海へとつかっていた。
それでもその赤は十分すぎる程だ。



「ム。夕陽なんて、屋敷からでも見れるじゃないか」

「まー、そうなんだけどさ。俺の大好きな絵は、この場所じゃないと見れないの。沖に小さな船が浮いてて、後ろには大きな真っ赤な沈んだ太陽があって、鴎オジサンが居て、鴎がそのお爺さんと餌にタカってる絵」

「その絵の題名は?」

「んー?『この世の終わり』かなぁ」

「こんなのどかなのに、君はおかしな事を言うね」



フン、と鼻を鳴らした彼が遠くの船を見つめている。
確かに、こんなのどかで素敵な風景を目の前に『世界の終わり』などと命名するのは馬鹿げているだろう。

でも。



「多分、それ希望」



俺の。

そうマーモンに答えて、綱吉はクスクスと笑った。
今度の笑みは、困り顔でないちゃんとしたものだ。
するとマーモンは「はぁ?」とでも言いそうな感じで、綱吉の次の言葉を待った。



「俺、死ぬときくらいは静かに死にたいのね。わーわーぎゃんぎゃんってのはあんま好きじゃない。静かにのどかに死んで、それで俺の血は、この真っ赤な夕陽に呑まれて浸食されて一緒になって溶けあって。最後には、全部なくなっちゃうのが理想なの」



最近、疲れているのだろうか。
一人になると、そんなことばかり考えてしまう。
だからここへ、足を運んでしまうのだろうか。
一人で。無防備にも。



「馬鹿だね、ツナヨシは」

「うるさいなー。いいんだよ、それが俺の希望で夢なんだから」

「嫌な夢だね」

「ほっとけ」



むぅ、と綱吉が膨れれば、マーモンが鼻を鳴らす。
街灯の灯りが、次々と生まれては街行く人を照らして行く。



「帰ろうよ、綱吉」

「うーん…」

「皆馬鹿みたいに待ってる」

「まぁ…知ってる」

「それにお腹減った」

「どっかで食べてく?おごるけど―――…」

「ム。僕は綱吉の作ったカルボナーラが食べたいんだよ」

「ああ…そっかぁー」



そう言われたら弱くなるのが綱吉だ。
夕食なんて、屋敷に帰れば他の誰かが用意するだろうに。
それでもマーモンは、綱吉に命令する。
たとえ一流でなくてもいい。寧ろそっちの方が彼らしくて好きだ。
普通の、何のヘンテツもない、しかもジャッポーネ風のカルボナーラ。



「じゃあ、帰るついでに市場にでも寄ろうかなぁ。付け合わせで鯛のカルパッチョ作ってあげるな。ドン・ドマーニに腐るほどオリーブオイル貰ったからさー」

「フルーツもね」

「はいはい、フルーツもね」

「ム。はい、は一回でしょ」

「はーい」



じゃれあうように会話を紡いでいる内に、次第に辺りは暗くなってきていた。
闇が来る前に帰ろう。
厄介なものもついてくるだろうし。



「ツナヨシ、」

「んー?」

「君は、余計なことを考えなくていいよ」

「んん、」

「ツナヨシは、料理の腕を上げる事だけ考えてればいいんだ」



それもどうなんだよ、とは思ったが口には出さないでおく。
愛しい愛しい子供の、愛しい愛しい慰めの一言だ。



「じゃ、お言葉に甘えて」



えへへ、と照れ笑いを返してマーモンの手をとる。
大丈夫。これで、はぐれない。
あとはこの頭の良い子供の誘導するままに、ついていけば良いのだ。

ふと、鴎オジサンを見れば、彼はすでに消えていた。
いつも通りだ。
彼も闇が来る前に消える。
だからあの絵は、ほんとうに夕陽が海に沈む一時だけ。



「行こう、ツナヨシ」

「うん」



左手に感じる温もりが、あの夕陽の暖かさに少しだけ似ている。
安心できる、そんな温度だ。
そうだ。帰ろう。
美しい絵を胸にしまって。
子供達の待つ屋敷へと。

不安は、彼が来てから何処かへ逃げて行ったのだ。


嗚呼、確か。
今日はリボーンが帰ってくる日。
久しぶりに、賑やかな食卓になりそうで―――…思わず頬が緩んでしまった。


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