□はちみつとクローバー
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昔から、四葉のクローバーを探すのは苦手だった。
他の子はいつも沢山手にしていたのに、どうして自分だけとれないのだろうといつもいつもいつもいつも。
だから…苦手だった。




「あげる」



小さな手に、小さな四葉のクローバー。
深く被ったフードに、頬のペイント。
珍しい。この子がこうして物をくれるのは。
もしかしたら、初めてかもしれない。



「これ…」

「ム。クローバーだよ」

「いいのか?」

「僕があげるって言ってるんだから黙って受取りなよ」



ん、と差し出されてつい受け取ってしまう。
ありがとう、と微笑み返したら彼はフンと鼻を鳴らした。
照れ隠しだ。可愛い。



「どこで取ってきたの?中庭?」

「ううん。裏庭」

「あー、裏庭かぁ」



裏庭には、中庭程の広さも植木もないけれど、小さな野原があった。
最初は芝のみだったのだが、何だか寂しいと感じた綱吉が使用人に命じて花を植えてもらったのだ。
マリーゴールドや、芝桜。
時折季節になれば向日葵も咲く、質素と言えば質素だが、薔薇やら何やらの派手な花々は中庭に咲いている。
だからいいのだ。
これくらいが丁度いい。

にしても、クローバーもあったとは。
今度久しぶりに足を運んでみよう。



「じゃあ、僕は戻るよ」



小さな幸せを届けてくれた子供は、くるりときびすを返した。
目的はもう達成している。
彼の、日溜まりの様な笑顔が不意にみたくなっただけだ。



「あ、待ってマーモン!」



ちょい、とマントをつままれて仕方なく足を止める。
綱吉は、また微笑んだ。
その笑みは好きだ。
唯一、金になり得ないもの。どうしてだか分からない。不思議だ。



「最近、上質な蜂蜜が手に入ったんだよ。丁度材料揃ってたから昼はパンケーキにしようと思ってたんだけど…マーモン、昼食べた?」

「まだだよ」

「なら食べていきなよ!クローバーのお礼もしたいしさ」



うーん、と少し悩んだ後に小さく頷いたのを確認して、ソファまで案内する。
といっても、勝手しったる部屋ではあったが。
ぽふん、と彼は埋まるように腰かけて足をパタパタ動かした。
可愛い。
多分、彼の同輩の中で一番子供らしさを持ち合わせているのは、他でもない彼だと綱吉は思っている。
他の子たちも子供らしいところはあるけども、一番それらしいのはマーモンなのだ。



「ミルクと紅茶、どっちが飲みたい?」

「紅茶」

「はいよ。んじゃ、この缶の中からティーパック好きなの取って待っててな」



棚の上、少し背伸びをして綱吉はクッキーの容器を取り出した。
開ければ、色々な種類のティーパック。

アップルティー、ダージリン、ピーチにレモンにアプリコットにハイビスカスまで。
キャラメルミルクや何だかよく分からないもの。完全に名前負けしていそうなもの。
本当に…美味いのだろうか。
少し怖いものがあるので、マーモンは妥当なピーチを手にする。



「お湯沸くまで待っててねー」



パンケーキを作るため、綱吉は粉と卵とミルクを入れたボールを腕に持ち、泡立て器で混ぜ混ぜしていた。
綱吉が料理をするようになったのは、虹の同胞がこの屋敷に揃い出した頃だろうか。
ある時はリボーンの為にパスタを作り、ある時はコロネロの為にクッキーを焼き、ある時はスカルの為にフレンチトーストを。
ラル・ミルチには中庭になったもぎたての苺で作ったジャムをお裾分けしていた。
そして今、マーモンにパンケーキを焼いている。
仕事が忙しいというのに、頼めば喜々としてやってくれるのが綱吉だった。


ふわりといい香りが漂ってくる。
丁度今焼いているのだろう。
甘い、甘い香り。
それでもしつこい甘さではなく、ほどよく優しい香りだ。



「もーちょいで焼けるからなー」



奥から声が聞こえてくる。
時折フンフンと鼻唄なんかも聞こえてきた。
それに合わせるようにしてマーモンはさらに足をパタつかせる。
綱吉は綱吉で、先ほどマーモンから貰ったクローバーを何度も繰り返し眺めては微笑んでいた。
そして思い付いたように、冷蔵庫にあったホイップクリームを手にとった。
先日、ラルが来た時にも色々と作ったのだ。

ラルは他の4人と違い、素直に「うまいぞ」と言ってくれるのがいい。
他の4人は、照れているのか舌が越えているのかは知らないが、いつもつくれば「まあまあだな」と返してくるのだ。
失礼な話だが、それでも綺麗に食べていってくれるのだからやりがいは有る。


焼けたパンケーキを皿に移し、バターを中央にのせる。
そして溶け始めたバターを基準にホイップクリームを絞っていく。
さらに本日のメインである蜂蜜の登場。
パンケーキの上にササっとかけ、皿の周りに縁取る様にスプーンへ1杯、2杯。


ちょっと甘すぎたかなー?とは思いつつも、相手はマーモンなのでよしとする。
自分の方はホイップクリームを使わないでおいた。
ちょっとだけ…ダイエット。



「出来たよー」



先にコップを持っていき、マーモンの選んだティーパックを入れ沸いた湯を注ぐ。
じわり、と透明な湯に色が浸透していくのが分かった。



「はい、マーモンの」



キッチンからようやく顔を出したそれに、マーモンは少しだけ顔を綻ばせる。



「クローバーかい?」

「そー。よく分かったな」

「花に見えるよ」

「うぐ…いいんだよ、分かれば!」



現れたパンケーキの上。
バターを軸にしてクリームで描かれた大きな1つのクローバー。
もちろん四葉だ。
そしてクローバーの上には蜂蜜がほどよくかかっている。

カチャカチャとナイフとフォークを用意していた綱吉が、パタパタと足を動かす速度を上げたマーモンを見て静かに微笑んだ。
あー、喜んでる喜んでる。



「マーモンがくれたクローバーは、俺の手帳に挟んでおくね」

「ム。落とさないでよ」

「はいはい、分かってるよ」

「はい、は1回でしょ」

「はーい」



じゃあいただきまーす、と緩く挨拶をして各々食べることにした。



「にしても、よく見つけたね。四葉」

「たまたま、目に入ったんだ」

「いいなぁ。俺、多分3回くらいしか見つけたことないんだよねぇ」

「やる気ないんじゃないの?」

「むっ、あるよ!あったよ人一倍!!でもさー、何でか人一倍見付からないの。夕方になって、日がくれるまでずーっと」



だから今日マーモンがくれて嬉しかったなー。
と花を綻ばせて笑うもんだから、マーモンはフンと鼻を鳴らすことしかできなかった。



「今度さぁ、暇がある時俺も一緒に裏庭連れてってよ」

「ム。仕方がないね。いいよ」

「やったー!ついでに四葉のクローバーの見付け方も教えてくれない?」

「ついでに、じゃ無いよ。ツナヨシって本当調子いいよね」



そうムシャムシャとパンケーキを頬張るマーモンを見て、綱吉はいつもと同じ事を聞いてみる。



「ねぇ、味はどう?」



すると、返ってくる言葉もいつもと同じように紡がれるのだ。



「まあまあだね」



と。
やれやれ、だ。
フォークを止めないくせに、よく言う。
でもそれがマーモンであり虹の子だ。
本当に、素直じゃない。



「ツナヨシ」

「んー?」

「クローバー探し、日が暮れる前には終わらせてよね」

「んんー。マーモンが手伝ってくれたらね」



ム、と口をヘの字に曲げたマーモンが一度手を止めたが、また再開させた。



甘いパンケーキ。
はちみつとクローバー。
苦手だった事でも、君と一緒ならなんとやら、だ。



「あー。楽しみだなぁ」



詰まるところ、そういうコト。

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