東方儚奏仙
□第三章 仙人にとって……〜The sorrowful memorys〜
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憂香は山を放浪していた。いつもの事だ。彼女はこの山が嫌いではない。特に、四季折々の花が見れるこの山は、人間にも有名で、憂香は季節ごとに花を見て回るのだ。
――今は夏と秋の間。そろそろ夏に咲く花から秋の紅葉へと移り変わっている最中。
山の奥、憂香や山の主が住んでいる洞窟付近では、もう既に色が黄色へと変わり始めている。紅に染まるのも、時間の問題か。
憂香は鼻歌交じりに山を進む。とても楽しそうな表情だが、これでも過去にはトラウマを持っているのだ。
……何時からだろうか、彼女が偽りの笑みを浮かべ始めるようになったのは。
本当に笑うときもある。子狼とじゃれあっている時は本当に楽しそうに接している。
だが。主の前では心配を掛けまいとしているのか、その笑みは偽りの意が混じっているように見えるのだ。
それが余計に主に心配を掛けているというのを、憂香は気付いていない。
不意に、憂香が足を滑らせた。
「きゃっ!」
いつもの彼女ならこんな失敗はしない。だが、何か考え事をしていたのか、少し高低差がある落差から足を滑らせて落ちてしまった。
刹那、
「っ!」
足に激痛が走る。見ると、足を捻ったのか、徐々に青くなり始めていた。
「……うへー」
これでは歩けない。
さて、如何したものだろうか。これでは帰れないし、主も心配し始めるのはまだまだ先になるだろう、時間的に。
「はぁ……しょうがない。待つかなぁ」
不意に、人の気配を感じて振り向いた。
男が立っていた。山菜を刈り取る釜を持ち、身軽な服装と男らしい肉つきの男性。
憂香の額に汗が滲んだ。
里の服装。
よりによってこんなときに! この状況では圧倒的に不利だった。
逃げようにも、逃げられない。
男は山菜の入ったカゴを背中に背負いなおすと、鎌を――。
憂香は目をぎゅっと閉じ、来るべき死が来るのを感じていたのだが……。
聞こえてきたのは、「立てるかい?」という、優しい声だった。
目を恐る恐る開く。目の前には、男性の手。
見上げれば、男性は微笑んでいた。人を殺せないような、優しい目。
しばらくあっけに取られていたが、
「どうかしたのかい?」
男性にそういわれて我に返った。
「ど、どうして?」
「? 何がだい?」
「とぼけるの? あの里の人間じゃないの?」
そこまで言って、彼女は気付く。もしかして、この人、私が仙人って事を知らないんじゃ……。
男性は暫し黙り込んでいた。が、やがて口を開くと、そうだ、と一言。
付け加えるようにして
「君は人外なのは気づいているよ。でも、自分はまだあの里に来たばかりさ。多少慣れるまでは、こういうことをしてもいいだろう」
人を殺められない人間の言葉のようだった。ほっと憂香は胸を撫で下ろす。
……男性の優しさが、憂香に伝わってきた。
無意識に自身も微笑んでいるのに、憂香は気付いた。
「あ、あの、実は足を……」
そう言って憂香は自身の足を指差した。
「どれどれ?」
憂香の足を覗き込む男性。優しい手つきで「これは痛い?」と聞くと、幹部であろう部分を押す。
刹那、再び激痛。憂香は声にならない悲鳴を上げた。
「相当だな、こりゃ」
男性は自身の山菜を入れる籠から、薬草を取り出した。それを手で荒くもみくずし、ぐじゅぐじゅになったものを足に塗る。そして、男性は服を千切って足に巻いた。
「これでよくなる筈だよ」
ニッコリと笑う男性に、憂香は一瞬何か快いものを感じた。
「……立て、ないよね?」
「う、うん……」
男性はなら、と一言言うと、憂香の前ににしゃがんで背中を見せた。