短編集

□君とアバンチュール
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 天使のようにあどけない瞳が不思議そうに瞬いて、俺を直視する。
 正直俺のストライクゾーンじゃないからよかったが、そんな可愛い顔してたら、どんな獣に襲われるか分からない。
 高校生か、いやいや中学生か。とにかく、こんなとこにいたら危険だ!

「おい、君――」

 無意識な行動だった。腕を掴んで振り向かせたら、途端にきつい眼差しが返ってきた。

「気安く触らないでくれませんか?」

 あれ? 俺、なんか間違った? 狼の群れに、迷える子羊が……って、心配したんだけど。



 俺はいわゆる、そういう趣向の人間が集まるハッテン場と言われるとこで、今日も出逢い求めてさすらっていた。
 好みはお色気ムンムンの美青年。女もイケるけど、どっちかって言えば男好き。まあ、俺の外見なら、どんな上級レベルでも落とせる自信はあるけどな。
 自分で言うのもなんだけど、身長は180を軽く越えていて、スタイル抜群だし、顔は人気俳優に負けず劣らず。なんていっても、IT企業の社長という肩書きがある。
 経験豊富な俺は、ベッドでのテクニックは誰にも負ける気がしない……って、俺の話は置いといて、こんな場所にどうして子供がいるんだ?



「迷子? ここは危険だから、安全な場所まで送るよ」

「とか言って、ホテルに連れ込む気でしょ?」

「はっ?」

「てか、邪魔しないでよね。僕を買ってくれる人探してるんだから。それともオジサンが買ってくれるの?」

「えっ?」

 ニッコリと天使の微笑みを向けられて、俺は絶句する。
 天使には似つかわしくない台詞。俺はその外見に騙されたってわけか?
 つーか、オジサンって誰のことだよ! クソガキがっ!
 ヤバい。あまりのギャップについてけないぜ。

「こ、こういうの慣れてんのかなー?」

 恐る恐る聞いてみる。何故かどもる俺。

「初めて……だよ? 慣れてなきゃ、相手にしてくれないの?」

「!?」

 途端、天使君はうるっと瞳を潤ませてきた。
 不安そうな顔に、思わず抱きしめたい衝動に駆られてしまう。

(いやいや……俺、大人だし。しかも俺の守備範囲じゃないし)

 ガラにもなくうろたえながら、俺は気持ちを落ち着かせようと、先週出逢った美青年とのアバンチュールを思い出す。
 そう、それは熱く濃厚な一時……。

「ねえってば、聞いてるの? なにそのいやらしい顔。気持ち悪いんだけど」

 く、くぅ〜。犯すぞコノヤロ! そんな暴言吐かれたことないわ!

「僕……家出してきて寝る場所ないの。このまま誰かについて行って、開発されて、薬漬けにされて、どっかに売り飛ばされてもしょうがないのかな?」

 うぅ〜。そんなことは絶対にオジサンがさせません!
 これはれっきとした使命感であります。断じてやましいことはありません。

「なにもしないから、うちにおいで。明日になったらちゃんと家に帰るんだぞ?」

「……うん」

 はにかんだ表情で、天使は頷く。こんな言葉で納得しちゃうあたり、やっぱりまだ子供だな。
 なんてほっこりした気分になり、父性に目覚めた俺はそっと華奢な肩を抱き寄せる。

「心配するな。俺がついてる」

「ちょっと、だから気安く触らないでよ!」

「なっ……!」

 パチンと手を跳ねのけられて、俺は再び絶句するはめに。

「僕は七海。ナナって呼んでいいよ」

 そして、例の如くエンジェルスマイルにやられてしまった俺だった。
 本日の収穫――ツンデレ天使ナナちゃん。ただし、俺の手には負えない予感。
 




 タクシーで自宅マンションに帰ると、俺はナナに砂糖入りのホットミルクを出してやった。
 いっとくが、いつもだったらこんなことしないぞ? とりあえずお互いにシャワーを浴びて、それからめくるめく夜の営みを……。

「熱っ!」

 ピンクの世界に言ってたら、突然ナナが大きな声を上げた。
 慌てて駆け寄ると、ミルクの入ったカップを投げ出して、しかめっ面になっていた。

「僕って猫舌じゃん。それなのにこんな熱いの出して、火傷しちゃったでしょ!」

 うん。いくら天使で可愛かろうと、俺が大人で紳士だろうと、怒りたくなる時はあるよな。
 ……でも、口元や手をミルクまみれにしてるナナを見てると、なんだか変態オヤジの気持ちになってくる。

(マズい……)

 どうか俺の理性よ、どこにも行かないでくれ。

「ほらぁ〜、舌赤くなってない?」

「わっ!」

 俺の祈りなど一蹴するかのごとく、ペロッと小さくて赤くなった舌先を出されて、一瞬、俺から理性が離れて行こうとする。
 そいつをなんとか引き戻すと、どういうわけか俺はナナに謝っていた。

「ごめん。今、冷たいのもってくるからな」

 なんでそんなことしてやんなきゃいけないか分からないが、ここにいたらヤバそうだ。
 俺はナナに背を向けるが、後ろからスーツの裾を引っ張られて「ん?」と振り向く。

(うっ……)

 そこには、まるで俺の理性を引き抜こうとするかのような、涙を浮かべたナナの姿が……。
 
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