短編集
□いい加減にしろ!
2ページ/6ページ
(マジかよ……)
熱っぽい視線を感じて振り返れば、やっぱりあいつは俺のことを見つめていた。
こんなことになるんだったら、気まぐれに仏心なんて出すんじゃなかった。あんなヤツ、助けてやるんじゃなかった。
とうとう精神的に参ってきた自分を自覚し、俺は逃げるようにその場を後にした。
「てめーら、俺の寝場所でなにしてんだ?」
昼寝しにやって来た体育館倉庫。湿っぽい空気にプラスされ、隠微な空気が充満している。
俺は眉を寄せ、飴に群がる蟻のような塊に一瞥くれてやった。
まさに俺は「ちっちゃな頃から悪ガキで、15で不良と呼ばれた」ような男だ。
鋭く吊り上がった三白眼。喧嘩じゃあ、誰にも負けたことがねえ。
俺を見た途端、蟻は怯えたように散って行き、ボロボロのワイシャツだけ身に纏った飴だけが残された。
――今しがた行われようとした集団レイプの痕跡。
なにも聞かなくたって分かる。吐き気がする。つか、ここは男子校だっつうの。
「あ、あ、あ……あり、ありがとう……」
ガクガクと震えながら潤んだ瞳で見上げてくる飴は、ひどく甘い顔立ちをしていた。
図々しい。己の身も守れねーヤツなんかと話す口は持ってねえっつの。
「失せろ。さっさと行かねえと、俺があいつらの代わりに犯すぜ?」
ぽっ。
「?」
「……よ、喜んで」
はあぁぁっ!?
乙女みてーに頬染めてんじゃねえよ! つか、男なんて抱く趣味持ってねえっつうか、俺は硬派なんだ。初体験は好きな女と決めて……。
「あの、お礼に……なんでもするし、なんでもしていいよ」
「うっ……」
ジリジリ。
「僕、初めてだけど……頑張るから」
「や……」
頑張るな。冗談じゃねえ、勘弁してくれよ。寄るな! 俺をソッチに引き込むな!
俺が後退るなんて腑抜けた真似するのは初めてだ。でも、そいつは這うように俺との距離を縮めてくる。
真っ白な、傷だらけの肌。大きな瞳。赤い唇。でも男――勃起するわきゃねえ……。
「口でする? それとも……中に入れる?」
無意識に舐められた唇と、舌の動きの卑猥さ。
ギュン――!
「……っ!」
いい加減にしろ! 勃ってんじゃねえよ、俺のバカチンコ!
なんだよこいつ、頭イカレてんじゃねーのか、ボケがぁっ!!
付け狙われる恐怖。ダチすら引くぐらいの、俺の逃げっぷり。
ヤツは……俺のズボンの中に住まうアナコンダを狙ってる。
「どうしちまったんだ? お前らしくねえぜ」
「ほっとけ」
なんとかヤツを巻いた俺は、普段めったに使われない空き教室に身を潜めていた。
ダチを連れてるのは、一応保身のためだ。今までどんな屈強な男たちにも怖じけづくことがなかった俺を知ってる人間が見たら、信じられねえと笑うだろう。
でも、んなこと言ってる余裕ねんだよ! 俺の童貞奪われそうだって時に! しかも、可愛い顔してるが相手は男だ!
「お前をビビらすなんてどんなヤツ? 一発殴ってやればいんじゃね?」
「それは……」
良心が痛む。ボコった人数は数え切れねえが、弱い者に手を出すようなことはしたくねえ。むしろ、ボコれる相手だったほうが楽だった。
あいつはあれから毎日のように俺に付き纏い、俺に身体を差し出そうとしてくる。
現金も渡されそうになったが、それは受け取れない。だから、余計に付き纏われる。
(昨日はヤバかった)
体育館倉庫で昼寝してたら、半裸のあいつが上に跨がっていたのだ。
俺の下半身は剥き出しにされ、微妙に息子が起き上がっていた。
声にならない悲鳴を上げたのは、言うまでもねぇだろう。マジ、やられるかと思った。
「メシ食ってくる。本当にヤバかったら加勢するから呼べよ」
「ああ」
教室を出て行くダチに追い縋りたくなったが、俺はグッと堪えて背中を送った。
もう、なにをするのもどこに行くにも気が気じゃない。あいつはどっからでも現れる。この際、マジでボコって分からせるしかねえのか……。
ガラッ。
「みーつけた」
ビクッ。
「なんで……お前が」
あいつはどっからでも現れる。そう、こんなふうに突然。
これはもう嫌がらせの域に達してる。しかし、この華奢な姿を見てしまうと、殴り倒すこともできなくなるのが現状だ。
「おい、痛い目にあいたくなかったら、もう付き纏うな」
脅しが通じる相手じゃないことは分かっているが、俺はヤツの胸倉を掴んで睨みつける。
悲しげな眼差しに、悪くないのに俺が悪いことをしてるような気になってくる。
「お礼がしたい。他の人は嫌だけど、三木君になら、なにされてもいいから」
「俺はしたくねえって言ってんだろうがっ!」
いい加減にしろ。毎日同じこと言わせるな。
俺はヤツに背を向けようとするが、それより先にシャツの裾を握られてしまった。