短編集

□花粉症の恋人
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「もしかして……タカダ君?」

「………」

「あ、ごめん。違う?」

「……つか、今ごろ気づいたんですか? 池上祐也さん」

 ああ、やっぱり。でもまさか、あのマスク君がこんな美少年だったとは考えもしなかった。
 なんか……気後れしちゃって、今まで通り接する自信ないんだけど。

「どうせ名前も“高田”だと思ってるんでしょ? 鷹田ですよ。鳥のほうのタカ」

「ああ……」

 今さらだ。確かにタカダ――鷹田君の言う通りだけど、深く気にしてなかった。
 でも、なにをそんな怒ってるんだろう。

「一緒に埋めに行ってあげようか?」

「公共の場に、動物の遺体を埋めるのは違法ですよ。役所のほうに、引き取りにきてもらいます」

「そ、そう……」

 うっ、なんかすごい気まずい。なんて思ってたら、鷹田君が小さく声を上げた。

「こいつ……生きてる。気絶してただけだ」

「ええっ!?」

 あっ、本当だ。わずかにだけど、ちゃんと息してる。

「オレ、病院に連れて行きます!」

「待って待って、多分すごい金かかるよ。俺が出すから」

「でも……」

 鷹田君はかなり戸惑ってるようだけど、ほっとけるわけなんてないじゃないか。
 


「ところで、マスクとメガネは?」

 動物病院の待合室。
 俺は真っ先に聞きたかったことを、鷹田君に尋ねた。

「オレ……ひどい花粉症なんで。みっともないって分かってるけど、あれがないと生活できないんですよ」

 だから雨の降った今日は、その必需品は不要だったのか。
 納得しつつも、俺は今まで自分が彼に取ってきた行動を思い返して反省する。

「あの、ありがとうございました。オレのワガママ聞いてもらっちゃったみたいで」

「いや、決めたのは俺だから」

 野良猫なら、処分してしまったほうが賢明だ。そう獣医からも言われたけど、鷹田君の顔が歪むのを見て、俺がムリにお願いしたのだ。
 元気になったら、うちで引き取ってもいいとさえ思ってる。

「うちのマンション、ペット可だし、俺も独り身で寂しかったから、かえってよかったよ」

 鷹田君を落ち着かせるように微笑むと、ハッとしたように、泣きそうな顔が返ってきた。
 素顔の鷹田君も、やっぱり表情豊かだ。困った顔はかわいいし、今は笑顔が見てみたいと思う。
 ここまで俺がしてあげたいと思う、この感情はなんなんだろう。もう、常連客と店員の関係は越えている。
 




 自覚してしまったとたん、俺はどうしてもコンビニに行けなくなった。
 鷹田君に会いたい。思えば思うほど、足が重くなる。

「……やべっ、マスクのご飯ねえし」

 帰宅後、不機嫌な鳴き声で俺は頭を抱えた。
 あっ、マスクって、あの野良猫の名前ね。我ながらセンスないな。
 じゃなくて、近所のコンビニにはマスクの好きなエサがないから、駅前まで行かなくちゃいけないんだ。こいつ、元気になったと思ったら、食うわ食うわ。うちのエンゲル係数グンと跳ね上がったよ。

「しかたない……」

 まだこの時間は鷹田君はいないだろう。
 コソコソしてるみたいでなんだけど、行くなら今しかない。



「いらっしゃいませ〜」

 あ、アイザワさんだ。もう、見てもなんとも思わないけど。
 俺はマスクのエサと自分の夕飯を選んで、さっとレジに列ぶ。

(やっぱ、ここの弁当が一番だよなー)

 鷹田君を避けていたせいもあって、ここの弁当はご無沙汰だった。
 やっぱりご飯は慣れ親しんだものに限る。


「ありがとうございました〜」

「あっ」

「……あっ」

 店を出る直前、あろうことか鷹田君と鉢合わせてしまった。
 鷹田君の顔が驚きに歪む。
 
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