短編集

□Wデート!
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 連れて来られたのは、会員制という、なんとも高級感の溢れるカラオケボックスだった。
 竜崎君はオーナーらしき男性と話し終えると、俺たちを最上階に案内してくれる。

「このフロア、貸切だから」

 そう付け足されて、女の子たちははしゃいじゃってるが、小心者の俺はそうはいかない。

(いったい、いくら取られるんだよ〜。俺、金ないんだけど〜)

 青ざめる俺に、竜崎君は「俺の奢りだ」と続けた。
 甲斐性なくて申し訳ないです。だって、お小遣いは全部漫画本に消えちゃうんだもん。

「公助」

「ん?」

 ミヤちゃんは二人を先に行かせると、俺にひそひそと耳打ちしてきた。

「私、竜崎君を咲恵から奪うつもりだから、あんたは咲恵の気を引いてちょうだい」

「は、はい?」

 わざとらしく聞き返したけど、ミヤちゃんの目は拒否を許さない。
 俺の悪い予感は当たってしまったようだ。

「しくじったら、バラすからね」

 更に釘を刺されて、俺は仕方なく頷く。
 絶対無理だって分かってるくせに、どうしてそんなことしなきゃいけないかなぁ。
 つまり、咲恵ちゃんを褒めないで口説けってことだよな?

「じゃっ、よろしく〜」

 俺は逃げ出したい気持ちをグッと堪え、パーティールームと呼ばれる、広い部屋に足を踏み入れた。



「ねーねー、公助君ってなにが趣味なの?」

 運がいいのか、悪いのか、咲恵ちゃんのほうから俺に接触してきた。
 ミヤちゃんはご機嫌で自分の十八番を歌っている。

「お洒落だよね。その服よく似合ってるよ」

「……ありがとう」

 ミヤちゃんが選んだのは、流行りのアイドルを意識した、若者ファッションだ。
 引きこもりで、普段はオタクな俺でも、少しは見れる姿になったのだろう。

「それより、都子のどこが好きなの? あの子、ヤリマンじゃん」

「そっ、そそそそそうなの?」

 わっ、危ない。素が出て来ちゃったじゃん。
 てか、咲恵ちゃんの魂胆が見えたぞ。ミヤちゃんと一緒で、俺を奪ってやろうとか思ってるんだな。
 そんな迷惑な話はないが、これでミヤちゃんの気がすめばそれでいい。
 なんて、呑気なことを考えてる余裕は俺にはなかったらしい。

(ヒエーーッ!!)

 また睨んでます。すごい勢いで睨んでます。
 俺の女に手を出すなって? そんなつもりないわけじゃないけど、誤解だよぉ〜!

「ここ、バイキングもやってるんだ。なにか取ってきてやるよ」

 けれど、竜崎君はミヤちゃんが歌い終わるのを待って、爽やかにそんなことを言ってきた。

(ほっ……助かった)

 見間違いだったかな。うん。べつに恨まれることしてないし。

「わーい」

「じゃあ私になにか飲み物持ってきて、公助」

「!」

 ええーっ!? 俺も一緒に行かなきゃいけないの?
 マジ殺されるかも。じゃなかったらボコられるよ〜っ!

「オーケー。ほら、行こうぜ」

 ヒィィィ〜〜! やめてぇ! 触らないで! 痛いよー!
 あろうことか、竜崎君は女の子たちにはバレないように、掴んだ俺の腕をつねってきたのだ。
 そんなことされたら、やっぱり友好的じゃないんだって、分かっちゃったじゃん。

「暴れたら、ぶん殴るからな」

「――ッ!」

 部屋を出た途端、案の定竜崎君の態度は一変した。
 俺は捕らえられた獲物のように、おとなしく後をついて行くしかない。

(うぇ〜ん。女の子には優しいくせにぃ)

 この際、なにかされる前に土下座でもなんでもしてしまおうか。
 俺はプライドなんてかなぐり捨て、そんなことを思ってしまった。



「中に入れ」

 バイキングを取りに行くなんて、やっぱり嘘なんじゃん。
 入れと言ったくせに、竜崎君は無理やり、元いた部屋から少し離れた部屋に押し込んできた。
 俺はとうとう窮地に追い込まれてしまったようだ。

(短い人生よ……さようなら)

 死ぬ前に、彼女の一人でも作っておけばよかった。気持ちいい、エッチな経験だって、まだ一度もしたことがない。
 なんて、俺には無理な話なんだけど……。
 
「さっきから、なんなんだよその態度!」

「……ぅ、ヒッ!」

「てめ……っ!」

 胸ぐらを掴まれて、俺は思わず竜崎君の腕に爪を立ててしまった。
 窮鼠猫を噛む。なんて言ってる場合じゃない。さっさと土下座するつもりでいた俺のほうが驚いてるって。

「痛い思いしたくなかったら、分かってるな?」

「や、やだ! やだやだ離せっ! 怖い〜! 誰か助けて〜っ!」

「おいっ!」

 俺は死に物狂いで暴れ出す。もう、ヘタレもビビりもなんでもバレたっていい。
 だって、命のほうが大切だよぉ〜。お望みならシークレットブーツもあげるからっ!

「はぁっ!?」

 ブーツを投げつけてやったら、余計竜崎君を怒らせるはめに。
 身長差が更に10センチ広がり、それだけ俺のピンチは増えた。

「ひぇ〜ん。ご、ごめんなさいっ! 俺違う俺違う。ミヤちゃんの彼氏でもないし、咲恵ちゃんに興味もないからっ!」

 最後の手段だ。卑怯にも、俺は女の子たちを差し出した。
 俺が無事なら、二人は煮るなり焼くなりお好きにしてくれて構わない。

「お前……いい加減にしろよ」

 ――ビクビクゥッ!
 呆れ返った表情で、竜崎君は俺の両手を掴んで身体ごと壁に押し付けてきた。

「動くな。おとなしくしてろ」

「……ヒィッ!」

 絶体絶命。俺は殴られるのか。それとも、絞め殺されるのか。
 だんだん、竜崎君の精悍な顔が近づいてくる。

(か、かっこいい……)

 ビビりつつ、正直な感想はそれだった。
 彫刻のように鋭く整った顔。だからこそ、余計怖いのだ。

「んっ、んん――っ!」

 なにをされるのかと、目をつぶった瞬間、俺はなにかに口を塞がれていた。
 目を少し開けると、竜崎君の形のいい眉が見える。

(えっ? ええっ!?)

 俺の口を塞いでたその正体は、竜崎君の唇。
 頭の中が、真っ白になる。これは、一般的にキスというんじゃないだろうか?

「はぁ……んん……」

 パニクってる間にも、次第に口づけは深くなっていく。
 苦しくて、息継ぎをしようとしたら、口の中にぬるりと舌が侵入してきた。
 
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