短編集
□Wデート!
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「動くな。おとなしくしてろ」
「……ヒィッ!」
蛇に睨まれた蛙。俺は今まさに、そんな状態だろう。
怖くて怖くて、身体がまったく動かない。
なんでこんなことになったのかと言えば、負けず嫌いな幼なじみの、むちゃな命令を聞いてしまったからだ。
「公助、私の彼氏になりなさい」
「えっ、ええーっ!? や、や、やだよ。ムリ。勘弁して」
穏やかな日曜日の午前10時。マンションの隣に住む、幼なじみのミヤちゃんが勝手に俺の部屋に乗り込んで来た。
それだけじゃなく、彼氏になれなんてひどすぎる。
「ミヤちゃん……彼氏いるじゃん」
「昨日別れた」
「そ、そうなんだ」
顔は可愛いのに、性格はきっつい大塚都子。
俺、小向公助は、幼い頃から彼女から下僕のような扱いを受けてきたのだ。
「バカね。本当になれって言うわけないでしょ。今日だけ付き合えって言ってんの」
「な、なんでだよ?」
「咲恵の奴、ダブルデートしようとか言ってきたのよ。私が彼氏と別れたの知ってるくせに」
それを聞いて、俺はようやく納得する。
ミヤちゃんは負けず嫌いでプライドが高い。きっと、その咲恵ちゃんに負けたくないんだろう。
「あんた、顔だけはアイドル並みだもんね。おばちゃんにテストの結果バラされたくなかったら、おとなしく付き合いなさい」
「ひ、ひどいよっ!」
「バカなあんたが悪いんでしょ」
「そんなぁ〜」
先日行われた、期末テストの結果はさんざんだったのだ。
母ちゃんにバラされたら、半殺しにされてしまう。
俺には、ミヤちゃんの命令を聞くしか助かる道はない。
「さっ、早く支度して。私がちゃんとコーディネートしてあげるから」
「う、うん……」
どっちみち、ミヤちゃんには敵わない。
俺はしぶしぶとミヤちゃんの操り人形へと成り下がっていた。
家を出る頃には、更に命令は追加され、
『絶対に余計なことはしゃべらない』
『なにがあっても咲恵を褒めない』
『低い身長は、シークレットブーツで対応』
なんて、俺の人格を完全に無視した項目ばかり並べられた。
(しゃべんないよ……人見知りだし)
そこはまったく問題ないにしろ、咲恵ちゃんに話を振られたら、「可愛いね」くらいは言ってしまいそうだ。
しかも、シークレットブーツって……履いたら10センチ身長が伸びてビックリしたけど、歩きにくいことこの上ない。
「ほら、堂々と歩きなさいよ! 私の彼氏役なんて光栄でしょ?」
全然。言うのが怖いから、俺はとりあえず頷くしかないけど。
「咲恵の奴、目にもの見せてやる」
「な、なにするの?」
「あんたは黙ってなさいよっ!」
「……っ」
俺はミヤちゃんに腕を引かれ、待ち合わせ場所へと重い気持ちで向かっていた。
てか、ミヤちゃんの顔があまりに怖くて、危なく気絶するところだったよ。
(女の子怖い女の子怖い女の子怖い)
きっと、咲恵ちゃんの彼氏も無理やり引きずられてくるんだろう。
女の子の争いに巻き込まれるなんて、哀れで仕方ない。俺もだけど。
「っ!?」
けど待っていた咲恵ちゃんとその彼氏を見て、俺はチビりかけてしまった。
(ヒィィーーっ! こ、怖い。怖いよ〜)
180センチはゆうに越えている長身。全身を黒でコーディネートされた禍々しい出で立ち。
艶のある黒い髪から覗く切れ長の瞳と目が合った瞬間、パニックに陥りそうになってしまった。
「あれ、都子。また違う男? なかなかイケてるじゃん」
「そっちこそ、この前の大学生はどうしたの?」
うわぁ〜、なんかこっちも大変なことになってるし!
(ど、どうしよう……帰っちゃダメかな?)
後退ろうとする俺は、その眼差しに気づいた。
――ビクゥ!
なんか睨んでる。怖いのがなんか睨んでるよ。
「彼は竜崎賢治君。同い年よ」
「どうも」
咲恵ちゃんに促され、強面あんちゃんこと、竜崎君が頭を下げる。
(……えっ?)
同い年だというのにも驚いたが、ミヤちゃんに向けられた笑顔に俺はもっと驚く。俺に見せたのとは違う優しい表情だ。
ミヤちゃんも、どこかうっとりと竜崎君を見つめている。
「あっ、こっちは小向公助。みんな高二ね」
「えっ? 年下じゃなかったんだ」
「可愛いでしょ?」
失礼な。確かに童顔だけど、シークレットブーツだって履いてるのに。
って、ミヤちゃんを怒らせないでほしい。きっと竜崎君のレベルを見て悔しがってるに違いないのに。
(あれ? でも、ミヤちゃん余裕?)
心配してミヤちゃんを見たら、口元に笑みを湛えて竜崎君をジッと見つめていた。
(ま、まさか……っ!)
ね、狙ってるよ。間違いなく、竜崎君を狙っている。
俺はミヤちゃんの助けをしなきゃいけないんだろうか。
それより、竜崎君なんかと関わり合いになりたくないよ。
「どこ行こっか!」
「とりあえず、カラオケ行っとく?」
「じゃあ、知り合いの店紹介するよ」
一人でキョドってる俺を無視して、三人は楽しそうに街へと繰り出して行った。
二人の女の子をそつなくエスコートする竜崎君に、俺は尊敬の念まで抱いてしまう。
「ほら、お前もさっさと来いよ」
「……っ!」
取り残されたふりをして逃げる気でいたのに、竜崎君はわざわざ引き返して来て、俺の腕を引いた。
突然のことで、驚いた俺は、思わず地面から10センチは飛び上がってしまった。
それに気を悪くしたのか、竜崎君の目が鋭く光る。
「あんま白けたことしてっと、ひどい目に遭わせるぞ」
その上、そんなことを耳元で囁かれ、俺の硝子の心臓は、今にも砕け散ってしまいそうだった。