短編集
□眼鏡を外したらキスをして
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勉強を教わりながら、俺は染谷から目が離せないでいた。
その瞳で誰かを見つめるんだろうか。その唇で誰かに愛を語り、口づけるのだろうか。
(指まで綺麗だ……)
その長い指先が誰かに触れるのを想像して、胸がわずかに痛んだ。
「俺の手がどうかしたのか?」
ため息混じりで、染谷は俺を見る。きっと、最初から勉強が目的じゃないって事は、気づかれていたんだろう。
「綺麗な手……爪の手入れとかしてんの?」
「まさか。気のせいだ、よく見てみろ」
手を差し出されて、無意識にその手を取っていた。
指を絡ませてみたかったけど、手のひらを合わせるだけにとどめた。俺よりふた回りは大きい。綺麗なのに、しっかりした男らしさも感じる。
「こんな指で触れられたら、彼女は冷静じゃいられなくなるんだろうな」
男に対して言うには、少し気持ち悪かったかもしれない。でも、正直な感想だった。
罰ゲームの事なんてすっかり忘れ、俺はもうまともじゃないから。
「栗原にも彼女がいるだろ?」
「今はいないよ」
それに、そんな好かれた経験もない。きっと、俺が染谷の彼女だったら……と想像すると、言うまでもなく染谷に心酔していただろう。
「栗原はなんか勘違いしているな。俺は、どこにでもいる普通の男だ」
そんなことない。そう言いかけて、合わせていた手をグッと引かれる。
「だったら、試してみるか?」
「……えっ」
訳が分からないまま、染谷の膝の上に座らされていた。
俺を包み込む身体は、確かに綺麗なだけじゃない、逞しい男のものだった。
完全に思考だけがストップしたまま、俺は染谷にネクタイをほどかれていた。
なにをされているかというよりも、その手がシャツの中に入っていくのを不思議な気持ちで見つめる。
「……染谷?」
振り返ると染谷は、優しい表情で頷くだけだった。
まじまじとその表情を見つめて、俺はそれに気づいた。
「あれ……もしかして、それって伊達?」
染谷のかけている眼鏡に度が入ってなかったのだ。
自分でもこの状況で何質問してるんだと思ったけど、染谷は気を害する事もなく悪戯っぽく微笑んできた。
「ああ、バレたか。こうしてたほうが頭よく見えるだろ?」
「意外……てか、そんな必要ないじゃん」
「言ったろ。俺は普通の男だって」
やばいと思う。早くこの腕から抜け出して、冗談ですませなくちゃいけない。
でもできない。染谷の指先を知りたくてしょうがないんだ。それどころか、その眼鏡を外して、キスしてほしいと思ってしまう。
俺はそれを口にしてしまう前に、ずっと見ていたい染谷の顔から目を背けた。
「……んっ」
指先が脇腹を掠めただけで、俺は過剰に反応してしまう。
首筋に熱い息が吹きかけられ、冷たい眼鏡のフレームが当たる。
頭がおかしくなる。もっと感じたい。染谷を知りたい。染谷のことをもっともっと教えて……。
「俺に触られて、気持ち悪いか?」
俺が震えてるのに気づいたんだろう。染谷は耳元で尋ねてくる。
気持ち悪いはずない。逆だよ。嬉しくてたまらない。だけど、それは言っちゃいけない。
「染谷……もっと教えてよ。いつもどうやって女に触れるの?」
俺はシャツの上から染谷の手を握った。
強がってみても震えはおさまらない。どうか、染谷におかしく思われませんように……。