短編集

□Hysteric Queen
3ページ/9ページ

 
「鴨居が白鳥の記録抜いたぞ!」

「下克上だー!」

 体育の時間、100m走で俺はようやく真実を悟った。

(あいつ……)

 正樹に対する怒りがこみ上げてくる。

「正樹っ!」

 俺は思いっ切り正樹の胸ぐらを掴むと、20センチも高い位置にある精悍な顔を引き寄せた。

「お前、今まで手ぇ抜いてたな? なんでそんなくだらねえことすんだよ!」

「くだらなくないよ」

 正樹は俺から目を逸らすわけでもなく、そう呟いた。

「だって、みっちゃんを抜いたらそこで終わりなんでしょ? だったら俺は下僕でいいから、みっちゃんの傍にいたい」

 正樹の気持ちを知ると同時に、今まで騙されていた自分に気づき、俺は自分に腹が立った。
 ずっとコケにされていた。そう思うと、正樹の気持ちも素直に受け入れられない。

「そうだ。終わりだ。よくここまで成長したな。お前はもう自分が生きたいように生きろよ」

 だから俺から手を放してやる。
 それが、主人である役目だと言うように……。

「やだよ! 俺がいなきゃ不便でしょ? それとも……別の奴探すの?」

「いい、もう疲れた」

 俺は正樹に背を向けたまま、振り返ることはなかった。
 どうして正樹がずっと俺の言いなりになっていたか、考えないでもなかった。
 でも、正樹の感情を優先させるわけにはいかなかったから、いつも命令でねじ伏せていた。
 それで身体の関係を持って、そのまま責任を取らせようと思ってたズルイ俺。
 罰が当たったのだと納得しようとしても、心にぽっかり穴が空いたように、虚しさだけが溢れていた。



「女王様、傘お持ちしましょうか?」

「下僕がいなくなって、大変でしょ?」

 ただでさえ雨で不快指数がマックスなのに、いちいちからかってくる奴等の相手なんてする気にならない。
 だけど正直、傘がこんな重かったなんて忘れていた。ずっと正樹に持たせていたから。

「……正樹」

 ふと顔を上げると、ずぶ濡れの正樹が塀に寄りかかって立っていた。
 なんで傘をささないかなんて、聞かなくても分かっている。

(朝は俺の傘を持ってたから……)

 正樹は俺を待っていたのか、黙って俺から傘を取り上げる。そして俺が濡れないように、持ち直す。
 チラッと横を見ると、正樹のでかい身体は半分雨に当たっていた。

(バカな奴……)

 せっかく、俺から解放されるチャンスだったのに。
 


「お帰りなさいませ。お坊ちゃま」

「呼んで頂ければ、迎えに行きましたのに」

「大丈夫だ。それより、タオルをくれ」

 仰々しく迎え入れてくる使用人達を下がらせ、俺は正樹にタオルをかぶせて部屋に促した。
 正樹は黙って俺の後をついてくる。無表情だと整った顔が際立って少し怖く感じる。

「正樹? なんでずっと黙ってんだよ……」

 沈黙に耐えられず口を開くと、ようやく正樹と目が合う。
 けれど、その正気を失ったような瞳に、俺は恐怖を感じて、思わず後退ってしまった。

「逃げないでよ……みっちゃん」

「な、なんだよっ!?」

 正樹は俺の腕を掴み、そのまま寝室に身体を押し込んでくる。
 逃げようにも力の差は歴然で、ぶつかったベッドに後ろから倒れ込んでしまった。

「みっちゃん、みっちゃん……」

 壊れたように俺の名前を繰り返し、正樹が俺の上にのし掛かってくる。

「みっちゃんなんて、俺がいなきゃ、何人に強姦されてたか分かんないんだよ? それなのに俺を捨てるの?」

「……っ!」

 頭に血が上る。そこまで正樹に見下されていたなんて……。
 いや、俺が正樹をバカにしすぎてたんだ。
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ