短編集
□Hysteric Queen
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果実が熟れるのをじっくり待つのは楽しい。でも、待ちすぎて腐らせてしまっては元も子もないのだ。
俺は充分過ぎるくらい待った。そろそろ重い腰を上げるとしよう。
「でも、よくここまで育ったもんだ」
逞しく育った男の背中を舐めるように見つめ、俺は呟いた。
前はただ小汚いだけの冴えない男だったというのに……。
いや、今だから正直に白状すると、俺はあいつに一目惚れだった。出会った瞬間、ビビっと運命的なものを感じてしまったんだ。
でも女王の異名を持つこの俺様にはあまりに釣り合わなくて、やむを得ず奴の教育を決心した。
あれから5年、高3になった俺は、もうそろそろ限界だった。
「ところで正樹、お前さっきどこに行ってた?」
「あ、うん。女の子に告白されちゃった」
「はっ!?」
ガンと、頭を殴られた気がした。
決心した途端これですか?
そりゃあ、女の子がほっとかないくらいイイ男になったけど……。
正樹は俺の気持ちはお構いなしに、呑気に笑顔を浮かべてるし。
「ねえ、みっちゃん。どうしたらいい?」
そんなの自分で考えろよ。そう言いかけて俺は口を噤んだ。
『お前、今日から俺の下僕になれ』
初めての会話はこんなだった。
『世界一の男にしてやるから』
それを条件に、正樹は俺の下僕になったのだ。
つまり俺の言いなり。ボサボサの髪は、俺の行き着けの美容室で流行りの髪型にしてもらい、ダサい眼鏡はコンタクトに替えさせた。
こんなふうに優柔不断になったのは、俺にも責任がある。
「正樹はどうしたいんだよ?」
「俺は、みっちゃんの命令に従うよ」
「なんだよそれ! そんなの俺に聞くなよ!」
あまりにムカついたというか、ショックで、思わず大きい声を出してしまった。
「うわっ、また女王様のヒスだぜ」
「どうせ、鴨居がなんかしたんだろ」
だまらっしゃい! 男のヒステリーより、嫉妬の方が見苦しいだろ。
俺様のこの美貌。成績優秀、スポーツ万能。それに加えて、完璧な下僕の存在。どれもお前等凡人には、手が届かないんだよ。
「もういい。正樹、お前クビだ。さっさと新しい主人でも探すんだな」
首を切るゼスチャーまでつけながら吐き捨てておいて、俺は自分の言った台詞に驚いた。
本当は正樹を手放す気なんて、微塵もなかったのに……。
(……正樹?)
今のを取り消そうと思って、顔を上げた俺は息を呑んだ。
正樹が、今まで見た事のないような、冷たい無表情になっていたのだ。
「なんで急にそんなこと言うんだよ? ちゃんとみっちゃんの言いつけ守ってきたじゃん」
初めての抵抗。こんな正樹は知らない。
俺は今まで、正樹のなにを見てきた?
「最後の命令だ。お前に発言権はない」
それでも、主人としてのプライドが俺にその言葉を吐かせた。
「そんなの聞けない。だって、まだみっちゃんを超えてないじゃん。俺をトップにさせるのが約束だったろ?」
「……いつまでも俺を抜かせないくせに、偉そうなこと言うな」
一瞬言葉が詰まってしまったが、俺は悔し紛れに正樹を睨みつけた。
けど、その一言がどんな結果に結びつくか、俺は気づきもしなかったんだ。
「なっ……」
期末テストの結果が張り出された廊下で、俺は石化していた。
――1位、鴨居正樹
――2位、白鳥美智也
正樹が俺の上に来たのは初めてだ。狐につままれたような気がする。
けど、それだけで終わりじゃなかった。