短編集
□ずっと大好き!
3ページ/11ページ
「それより、那智ちゃんがこんな早い時間に帰って来るの珍しいね。今から遊びに行っていい?」
少女のことなど、もう忘れたかのように、雅弘ははしゃいで那智にすり寄る。
「特別な」
そんな雅弘を内心では可愛いく思いながら、那智は偉そうに頷いた。
(やっぱり下僕はこうでなきゃ)
那智にとって、昔から自分の後ろばかりついて歩いていた雅弘こそが、理想の下僕だった。
しかし、恋人にそれを望んでも上手くいくはずもなく、いつも歯痒い思いをしていたのだ。
「ねえ、GT-Rの彼はどうしたの?」
別れたばかりの元カレの愛車を出され、那智は面白くなさそうに眉を寄せる。
雅弘には男の話に触れられたくない。自分から話のネタにすることもない。
「もう、ここには来ないよ」
不愉快な気持ちを隠して、那智は素っ気なく答える。
せっかく雅弘といるのに、つまらない話を持ち出されたくなかった。
「えっ!?」
だけど雅弘は那智の心情などお構いなしに、嬉しさ全開で声を上げる。
バリバリノーマルな雅弘が那智の趣向を知ってるかは不明だが、今の彼の顔には、那智を独占できる喜びに満ち溢れていた。
「ほら、ぼさっとしてないで荷物持って」
「うん!」
当たり前に差し出された荷物を受け取り、雅弘は嫌がるどころか、嬉しそうに頬を緩める。
(ったく、図体ばかりデカくなって……)
那智も他の人間には絶対に見せないような柔らかい表情をして、雅弘を見つめていた。
少なくとも、那智は今の雅弘との関係に満足していた。
恋愛対象じゃないからこそ長く保てる関係が、なによりも落ち着くと知っているからだ。
――なぜだか、あなたの顔を思い出すと、胸が騒いでしまいます。
心にもないメール文を打ちながら、那智は雅弘のマッサージに至福のため息をつく。
行動を取るのは早ければ早いほうがいいのだ。雅弘との時間を心置きなく過ごすために、さっさと済ませてしまいたい。
「那智ちゃん、誰にメールしてんの?」
「ん〜」
けれど、雅弘はそれが気になるようで、度々那智にちょっかいをかけてくる。
不満げな顔をした雅弘をよそに、那智はメールを打つ手を止めようとはしない。
「ねえ、那智ちゃん!」
「今日ナンパしてきた人だよ!」
「――っ」
しつこい雅弘にイラついて、那智は自棄気味に叫んでいた。
いつものことなのに、雅弘は息を詰めて絶句している。
(今日に限ってなんなわけ? ウザいんだけど)
不審に思いながらも、那智はまだ雅弘の態度を甘く見ていた。
那智は気づいていないが、雅弘は那智のことが好きだった。ちゃんと恋愛感情として。それも、かなりめちゃくちゃスーパー超大好きなのだ。
「やっと、邪魔者がいなくなってくれたと思ったのに……」
「なに?」
ボソッと呟く雅弘の言葉を聞き取れず、那智はキョトンと首を傾げる。
(うっ……)
好きな相手の可愛い姿を見て、雅弘は冷静でいられる年じゃない。
同時に、獣のようになりふり構わず、襲いかかりたい年頃でもあった。
那智が同性と付き合ってることに、雅弘は薄々気づいていた。
そして、それを知って自分の那智に対する想いにも気づいた。
(だって……那智ちゃん可愛いし)
ずっと那智だけを見てきた。どんなに下僕扱いされても、那智にされることならなんでも嬉しかった。
それは恋心があったからだ。那智のためなら、なんでもしてあげたいと思う純粋な想いだ。
「雅弘?」
那智のプルンとした唇に自然と目がいく。
今の雅弘には、それが誘ってるようにしか見えなくなっていた。
「なんか変だよ。彼女となにかあったの? エッチに失敗した、とか?」
茶化して言うが、雅弘の反応は薄い。
「彼女なんていない」
ようやく雅弘の異変に気づいて、那智の顔が訝しげに陰る。
こんな怖い顔をした雅弘を見るのは、正直初めてだった。
(那智ちゃんのバカ……女になんて勃つかよ)
今日もただ、遊びに来ただけの子にエッチを誘われ、嫌な思いをしたばかりだった。
確かに那智への想いに戸惑い、女と遊びまくってた時期もあったが、今は那智一筋だ。
「那智ちゃん……俺のこと、どう思ってる?」
そんなの『下僕』に決まっているが、雅弘の真剣な顔に那智はたじろいで、言葉が出せなくなってしまう。
「俺、那智ちゃんのためならなんでもするよ?」
黙っていたら、雅弘は那智に言い聞かせるようにつぶやいてきた。