短編集

□ずっと大好き!
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「もう、君のその我が儘にはついて行けない」

 恋人と呼んでいた男が放つ言葉に、那智はただ黙って頷いた。

「今まで楽しかったよ。ありがとう」

「……うん」

 そうして、二人は別れた。恋人から、他人へと言葉を変えて。
 どんなに愛を語り合った二人でも、別れてしまえばただの他人。呆気ないもんだと思う。

「はぁ……」

 別れを告げられ、一人喫茶店に取り残された那智は、憂いを帯びた表情でため息をついた。
 その姿には、男性とは思えないほどの色香を漂わせていて、無意識でも見るものの同情を誘う。

「ごめん……今の話聞いてた。嫌じゃなければ、これから俺とどっか行かない?」

 二人の別れ話を盗み聞きしていたらしい若い男が、ふらふらと惹きつけられるように歩み寄ってきて、遠慮がちに那智に声をかけてきた。

「えっ、でも……」

 一瞬驚いた顔をして、男を焦らすように那智の瞳が伏せられる。
 それを目にした男は、ゴクリと喉を鳴らし、欲情に満ちた顔を那智に向けた。

「まだ、そんな気になれなくて……」

 別れたばかりで、すぐに次に行くことなんてできない。
 つらい別れの余韻なのか、潤んだ眼差しを男に向けて、那智は申し訳なさそうに頭を下げた。

「そ、そうだよね……ごめん。あっ、これ、メアド――落ち着いたら連絡して」

 落胆の表情を見せながらも、男は那智にメールアドレスの書いたメモを渡し、足早に喫茶店を去って行った。
 しかし、その男の後ろ姿を見つめる那智の顔には、さっきまでの悲しげな表情は消えてなくなっていた。代わりに口許を吊らせて、妖艶微笑んでいたのだ。
 


(くっそ〜! なんでこの那智様がふられなきゃなんないわけっ!?)

 家路の途中で、那智は石ころを蹴飛ばして、心の中で罵倒を繰り返していた。
 さっきの態度はなんだったのかと突っ込みたくなるほどの豹変ぶりだ。

(しかも、あの人……けっこう羽振りよかったのになぁ……)

 愛らしい顔が、逃した獲物を思い浮かべて悔しげに歪む。
 別れたばかりの男の顔を思い出すだけで、腸が煮え繰り返るようで、キーッと、つい癇癪を起こしてしまう。

(あっ、だけど彼……なかなかイケメンだったよね。金持ちっぽいし?)

 先程渡されたメアドを眺めながら、那智はコロッと表情を変え、次の獲物の分析を始めていた。
 悔しがることはあっても、追い縋るような馬鹿なことはしない。そんなの、今まで信じてきた美徳に反する。
 付き合う男は絶対に年上がいい。同性との恋愛に目覚めた時から決めていることだ。
 理由は至って単純。

 一つ、ワガママを聞いてもらえる。
 一つ、デートは車で費用は全て相手持ち。
 一つ、後腐れなく別れられる。

 メアドの彼も上記に当てはまる。取りあえず合格点だ。

(でも、まずはたっぷり焦らさなきゃね)

 フフフと不気味な笑みを浮かべながら、那智はスキップしながら我が家へと急いだ。

(あ〜あ、可愛いって本当に罪だよね〜)

 自惚れるのもいい加減にしろと言ってやりたいところだが、この桜井那智とは、こういう奴なのだ。
 自己中心的で意地が悪いダメ人間。残念なことは、罵倒できないほどの外見があることだ。
 その外見を言葉で表すなら、天使のように愛らしく、妖精のように可憐で儚げで、つい構ってしまいたくなる……とでも言えるだろうか。
 しかし、中身は真っ黒で、絶えず周りからチヤホヤされてないと機嫌が悪くなるような、ワガママ女王様だ。
 その上、那智の外見に騙されて惚れてしまう男は星の数ほどいて、そのダメっぷりを増長させていた。



「あっ……あの野郎!」

 機嫌が浮上したのもつかの間。那智の目が、自分んちの隣の家から出て来た少年を捉え、鋭く光った。

「あれ? 那智ちゃん、おかえり〜!」

 少年は那智の帰宅に気つくと、一緒にいた少女を残し、嬉しそうに那智に駆け寄ってくる。
 その姿はまるで忠犬のようだ。もし彼にシッポが生えていたら、間違いなくブンブンと振り回していただろう。

「雅弘、また女かえたのか?」

「なんで?」

 不機嫌そうに長身の少年――雅弘を見上げて、那智は叱るようにきつく睨みつける。
 雅弘は二つ年下の那智の幼なじみで、いつも那智が下僕扱いしていた。
 二人の間には恋愛関係はなく、勿論体の関係もないのだが、雅弘のほうはただ一方的に那智を慕っているのだ。

「ああ……違うよ。美穂ちゃん、バイバイ」

 那智に言われたことで思い出たように少女を振り返り、雅弘はあっさりそう告げた。
 一瞬呆気に取られていたが、少女は諦めたように背を向けて一人で帰って行く。

「送ってってあげればいいじゃん」

 白々しくそんなことを言う那智は、最初から答えが分かってるのか、完全に勝ち誇った顔をしていた。
 
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