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□唇のジレンマ
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(カトちゃんてば、悪ぶってるけど小者感丸出しで可愛いんだからー)
男子にやっかまれるのは仕方ない。事実、謙遜したら逆に嫌味になるほど女の子にモテるのだ。
黙ってれば王子様だとはよく言われる。軽いせいで本気になられることは少ないが、他校にはファンクラブまであるらしい。
そこそこの身長、整った顔、色素が薄いせいで肌は白く、瞳や髪は生まれつき茶色い。人づきあいが苦手なくせに、愛想だけはいい。
ただそれなりに引き締まった身体ではあるが、骨格が細いせいで華奢に見られてしまうのは、数少ないコンプレックスだったりする。
(あっ)
できればこうなりたかったという理想像が、目的地にいた。
百九十はありそうな長身に、がっしりした骨格に纏う厚い筋肉。標準の身長以上はある環より、おそらく十五センチは高い。
だけど珍しい。ここで会ったのは初めてかもしれない。半年間ほとんど顔も合わせない関係だったのに、先日の今日でまた遭遇するなんて、偶然とは言え不思議な縁を感じた。
「周防――おまえ今フリーなんでしょ?」
空いたばかりの自販機に小銭を入れながら、挨拶もなしに立ち去ろうとする背中に、自分でも意外に思うほど自然に声をかけていた。
「女の子たちが浮き足立ってるらしいよー」
「なに?」
「女友達が言ってた。おまえ狙ってんの二年にも多いらしいって」
「あんたはヤッてる女も友達って呼ぶんだ?」
バカにしたような見下した言いようには、さすがにいつも笑顔が売りである環でもムッとしてしまう。
なんだよ。まるで節操なしみたいじゃないか。事実だけど。
「可愛くないなー。おれ先輩よ? 敬語使えよケーゴ」
「たかが数ヶ月の違いだろ。偉そうに年上面すんなよ」
半分冗談だったのに、ひどい言われようだ。もしかしたら嫌われてるのだろうか。
周囲の男子には目の敵にされてるが、いつから後輩にまで嫌われるようになったんだろうかと、環は首を傾げる。
「感じ悪いな〜。おまえって礼儀正しい奴だと思ってたんだけどなー」
「あんたが俺のなに知ってんの?」
「絡むなよ。だったらこれから知るのもありなんじゃない?」
あまり自覚はないけれど、環は自分でも理解不能なテンションになっていた。
頭ではなにも考えてないのに、言葉だけがするすると勝手に口から出てくる。運命的な偶然の出逢いに、感動でもしているのだろうか。
「女うるさいだろ。隠れ蓑になったげようか?」
恵まれた体格と合わせて、周防は男らしい精悍な顔をしている。相当モテそうだが、おそらくそれを手放しで喜ぶような性格ではないだろう。
あれ? ところでどういう流れでこんな展開になったんだっけ。
「おれとつきあわないかって話。おまえ男まったくダメなひと? けっこう男にも告られるんだけどな」
しかもおかしな自慢まで始めてるし。むしろこれって、自分が告白してるんじゃないのか?
余計な口を挟ませないように矢継ぎ早に言った環は、ようやく自分の言動の危うさを自覚する。
「やっぱいい――」
ごめん今のなし。おれが悪かった。バカなことを言ってしまったと、三本目のペットボトルを取り出して立ち上がると、周防が進路に立ちふさがって真剣な顔でこちらを見ていた。
「いいぜ。でも条件がある」
「へ?」
冗談だから忘れてくれとは、とてもじゃないが言い出せない雰囲気だ。
まっすぐに見つめられると、なぜだか鼓動が速まり顔が熱くなる。
「絶対に浮気はするな。誰かとあんたを共有するなんて御免だからな」
「あーうん……了解」
ぼんやりしたまま頷くと、言動とは裏腹に優しい眼差しを向けられた。
そのギャップに驚かされる。いつも無表情な男の、こんなに穏やかな表情なんて初めて見たかもしれない。
「今日から昼飯一緒に食う? 連絡するから番号だけ教えておけよ」
「ん」
あれよあれよと周防に仕切られ、言われるがまま従っていると、子供を褒めるみたいにクシャッと頭を撫でられた。
気づけばよくわからないまま取り残され、環は呆然と広い背中を見送っていた。
(えっ? えー……?)
奇妙すぎる自分の行動をつっこんでくれる者は誰もいない。とりあえず教室に戻ろう。考えるのはそれからだ。
行きとは違って難しい顔をして教室に戻った環を、見慣れた面々が出迎えてくれた。
「おっはよ、タマ」
「おはよ!」
「タマちゃんおかえり」
「ん、ただいま。みんなのも買ってきたよ」
さっきまでいなかった杏奈と果歩の姿もあり、ついいつもの習慣で、助けを求めるような顔を向けてしまう。
「ありがとーって、変な顔してどしたの?」
「ああ……いや、しばらくみんなと遊べなくなった、みたいな」
「えー! なんで?」
「急になに?」
「ごめん。浮気したらダメって言われて」
三本のジュースを渡して、環は自分の上履きを見つめる。なんか恥ずかしいと言うか照れる。
最初は意味がわからない様子だった三人も、挙動不審な環の態度から察して目を丸くする。
「うっそ、いつ彼女できたの?」
「いや……」
彼女ではなく彼氏ができました。
「椎名――おーい、返事しろコラ」
乱暴に肩を揺すぶられて、ハッと我に返る。どうやら目を開けたままぼんやりしていたらしい。
「おめ最近おとなしんだってな? マジに女はべらしてねえしよー。キモいって言われてっぞ」
「ミオ? 学校来てたんだ」
「おうよ。てか今気づいたのかよ! 目開けたまま寝てんなよ。まぎらわしんだオラ」
一人爆笑しながらバシバシと背中を叩いてくるのは、絶滅危惧種である三尾だ。
「痛いよミオー。それ以上やったらチュウするからね」
「いらねーし」
剥き出しの前歯は一本欠けていて、眉毛は剃られていてない。つまり不良という人種だが、性格はいたって可愛い。
なぜか懐かれてるらしく、周りは引いてるがこれも彼なりの愛情表現みたいなもので慣れた。
三尾は男友達のいない環が話す数少ない相手でもあるが、出席日数がいつもギリギリで、顔を合わせるのは数日ぶりだった。