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□失恋の音
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――ねえ、失恋の音って聴いたことある?
音楽が恋人。
音楽ほど夢中になれるものなんてない。
音楽がなくなったら生きていけない。
恋のメロディを奏でながら、ずっとそう言い続けてきて何年になるだろうか。
しかし、いつ誰にどんなかたちで恋するかなんて、きっと神様だって知らない。
気づいたら激しい豪雨のような感情に見舞われて、知らずと溺れているもの――。
「うわっ――なんなんだよ、この雨! パンツまでビチャビチャだっつうの!」
通う高校から家までバスと地下鉄を使って二十分、さらに自転車で十分はかかる。
地下鉄を降りて地上に出れば、さっきまで晴天だったのが嘘のように、物凄い滝のような雨に見舞われた。自転車は駅に置いて帰るしかないと、ぼんやり思う。
急に空が暗くなったと思った時はすでに手遅れだった。一瞬で全身がずぶ濡れになっていた。
(制服じゃなくてよかった)
二人が行っている高校は私服登校なため、明日の心配をしなくていいのが救いだ。
どうでもいいことを考えている横で、セットした髪をぺしゃんこにした少年が更に喚く。
「滝修行かよ! 修行僧じゃねえっての!」
「うるさいなぁ……濡れたのは俺たちだけじゃないだろ」
怒ってるのか喜んでるのかわからないほど興奮してはしゃぐ少年に、もう一人の少年は呆れた声を上げる。
うるさく騒いでる少年は背が高く、人目を集めそうな整った顔をしているが、染めた髪、耳のピアスが軽薄そうなイメージを与える。今時の、モテそうな少年だ。
傍らの少年はおとなしそうで、身長もそんなに高くはない。地味で目立ちはしないが、よく見ると人形のような綺麗な顔立ちだ。長めの前髪から覗く黒目がちな瞳はやや吊り気味で、意志の強さを表している。
「わかってるよ! あーもうっ! どっかで雨宿りしてこうぜ」
「いいけど……こんな濡れてたら、店には入れないだろ?」
「知るか。お客様は神様なのだ!」
ガハハハと笑い声を上げる少年に、呆れながらももう一人の少年も続いた。
「でも、こういう予測できない事態って、なんか興奮するっつうか――ワクワクするよな」
「はあ?」
「雷とかさ、ワクワクしねえ? 怖いんだけど嬉しいみたいな?」
「なんだよそれ。ガキかよ……」
身体は大きいのに、まだ子供のような眼差し。それを見つめる、どこか諦めに似た大人びた眼差し。
一見すると間逆に見える二人だが、仲のいい親友同士だったりする。
「ほら、駅裏にオープンしたばかりのカフェあっただろ? そこに行こうぜ」
半ば強引に腕を引かれてうんざりしつつも、うつむいて込み上げてくる笑みをかみ殺す。
「そっちが誘ったんだから、当然奢ってくれるんだろ?」
「えっ!?」
「冗談だって」
顔を上げた賀川律は、見上げる位置にある五十嵐春季の顔を見て、とうとう吹き出した。
喜怒哀楽が激しいところは、本当に子供みたいだ。密かにその性格を可愛いと思っている律だ。
「律の冗談は冗談に聞こえねんだよ」
からかわれたのだと気づくと、春季はふてくされたように口をへの字に曲げてそっぽ向く。
構ってほしい時に春季がとる行動だが、律は苦笑してあえて放っておいた。
そのまま空に視線を流すと、雨のやんだ雲の切れ間からは太陽が顔を覗かせていた。
「それ、大丈夫か?」
カフェに向かう途中、無言に耐えきれなくなった春季は唐突に口を開いた。
雨はすっかり上がっていたが、引き返すことはない。春季が一度言い出したことはなにがなんでも取り下げない性格だということを、律が熟知しているからだ。
「ああ」
律は大事そうに抱えたケースを見やり、大丈夫だと頷く。