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□リトルモンスター
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「俺は蓮見英。生徒会の副会長をしてます」

「生徒会!? すげー! あっ、オレは大沢祐です。よろしくお願いします」

「はい。よろしく」

 そして、差し出された手を握って、熱い握手を交わす。
 頭を撫でてくれた時も思ったが、大きくて温かい手。この年まで父親の存在を知らなかった祐にとっては、すごく新鮮だった。
 興奮して頬を染める祐の姿は、傍から見たら恋する乙女のようだということは、秘密にしておこう。

「おチビちゃん、この俺様をスルーするとはいい度胸だな」

 と、そこに思わぬ乱入者が……。
 実は最初から英の隣にいたのだが、祐の目には入ってなかっただけだ。それこそ、彼に取っては不名誉以外のなにものでもない。

「……えっ!?」

 ガシッと頭を鷲掴みにされて、祐は刮目し、長い睫毛をパチパチと瞬かせる。
 身長こそ標準だが、見上げる先には、冷たいオーラを放った人形のように綺麗な顔をした男が、祐を冷ややかに見つめていた。

「朱鷺、絡むなよ」

 そこにすかかず英が助けに入って来てくれる。
 祐はキョトンと、二人を交互に見遣る。最も気になったのはその名前。

(トキ……?)

 絶滅危惧種――その外見と同じで、希少価値はかなり高そうだ。

「彼は生徒会長の、斉藤朱鷺だ」

 そんなことを考えてるとは露知らず、英は取り繕った笑顔で朱鷺の紹介を始める。

「多少口は悪いけど、あまり怖がらないでいいからね」

「はぁ……」

 口は悪いけど、性格はいいというフォローがないのが気にかかるとこだが、すでに英に心酔してる祐は素直に頷く。
 朱鷺は威厳を見せつけるかのごとく、偉そうにフンと鼻を鳴らした。

「でも、蓮見先輩のが会長っぽいなー」

 しかし相手はそれこそ天然記念物にも指定されそうなほど、空気の読めない祐。
 本人は至極真面目に正直な発言をしたのだが、朱鷺の口許はヒクヒクと引き攣っていた。

「おい、ドチビ……喧嘩売ってんのか?」

「朱鷺!」

「まっさかー。滅相もございません」

 さすがに英もハラハラし始めるが、祐の感想といえば、

(この先輩、嫌いかも。俺様とか言ってたしー)

 ぐらいなものだった。
 英はこっそりため息をつくと、祐を入学式の会場でもある体育館に誘導する。
 祐はご満悦だ。この、外見だけは可愛いおチビちゃん。意外にも、したたかな性格なのかもしれない。





 ガン、ガン、さっきから、座った椅子の背もたれを蹴られている。
 さっそく、祐の幼なじみが危惧していたいじめが始まったのか。
 いやいや、入学そうそうそんな遊びに興じる生徒なんていない。

(こんの……っ!)

 とうとう堪忍袋の緒が切れて、ガバッと振り返れば、高須賀少年がせっせと祐の椅子を蹴っていた。
 ヒンヤリ。背中に不吉な汗が流れる。

「どうして、てめーがいるんだよ」

 無意識に小声になるのは小心者の表れ。だが、祐にはそんなこと気にしてる余裕はない。
 祐が案内されたのは、自分のクラスだと通知されていた、1−Dの生徒たちが並ぶ場所。
 あいうえお順に座らされ、祐は一番前の列にいた。断じて、身長順ではない。
 だから、つまり後ろの列にいるということは、まさかのまさかか。

「自分のクラスの場所にいてなにが悪い」

「……っ」

 やっぱり。英によって癒された心が、あっという間に荒んでいくのが表情でわかった。
 こんな奴と、最低一年もクラスを共に過ごす羽目になるなんてついてない。

「お前こそ、中等部の入学式は武道館でやってんのに間違えてねえか?」

「誰が中坊だよ!」

「じゃないか。だったらおいたしてねえで、女子校に戻れば?」

 馬鹿にしきった目が眇められ、口許がニヤリと吊り上がる。
 小心者もぶっ飛びの噴火が近づく。

(ああっ……きたきたきた。もう止まんねえぞ)

 まだ、式の真っ最中なのにも関わらず、祐はゆらりとその場に立ち上がる。
 暗く陰った瞳には、周りなんて映っていない。唯一映っているのは、人のコンプレックスをずけずけと傷つける嫌な野郎のみ。

「ぐっわぁぁ〜! 表出ろや、この野郎っ! 生まれてきたことを後悔させてやるぅ〜っ!」

「わ、待て……」
 
 危険な空気を察して、からかいすぎたと反省しても手遅れ。
 祐は自分の椅子を持ち上げて、振り回す。そしてとにかく暴れる。
 それは幼少期に『小さい怪獣』と名付けられた姿そのものだった。

「チビがなんだ。オレぁ中学卒業してから、五センチも身長が伸びたんだぞ! だからもっと伸びる(予定)んだよ!」

 目を剥いてその光景を見ていた周りは、全員同じ気持ちだった。

(えっ……? それで伸びたの?)

 どう見ても、160センチとちょっとにか見えないし、かたや攻撃を受け止めるために立ち上がった奴は190センチ近くあるのだ。
 まるで同じ空間にはいるとは信じがたい。遠近法かと思えるほど。それか、子供が父親に駄々こねてるようだ。
 そんな哀れみの眼差しが、余計に祐の暴走を加速させていた。
 
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