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□無精髭に一輪の花を
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「なあ、英輔は初恋の相手が今どうしてるか知ってる?」
 つまらない話はもうおしまいだと、菫はさっさと一方的にコンパの話を切り上げる。
「ああ?」
 突然振られた話題に、お洒落だと思い込んでかけている、英輔の赤縁の伊達眼鏡の奥の瞳がキランと光った。
 それをダサいと思ってるのは、間違いなく菫だけじゃないだろう。見たくれはそんなに悪くないのに、間違った趣向で損をしているタイプだ。部分的に染められたアシンメトリーな髪が、菫にはお笑い芸人にしか見えない。
 そんな和田英輔はコンパの帝王であると共に、恋多き男でもある。成就した数は知れないが、この手の話が好きなのは間違いない。
「あれは遠い日の物語。初恋は幼稚園の由美子先生だった……」
 案の定英輔は簡単に食いついてきて、悦に入ったように遠い目をする。
「今は立派なアラフォー……いや、じゃなくて立派なお母さんだろうな」
「そんな姿見たら幻滅するだろ?」
「いやいや、そこまでロマンチックじゃないし。そういやあ、おまえの初恋って近所の兄ちゃんじゃなかったっけ?」
「ぐっ……」
 やはり覚えていたか。当時はセンセーショナルなニュースだったが、六年も経ってるし、時効だと思っていた。
「ギャハハ、まさか昨日その男と会ってたとか言うなよー」
「あ……会った」
「ええっ!? マジで。ところで、菫ってホモだったっけ?」
「まさか」
「だよな」
 当たり前だと、菫は心底嫌そうな顔を英輔に向けた。
 初恋は確かに同性であったが、それ以降男相手に懸想した記憶なんてない。可愛い女の子を見れば、それなりにときめくってもんだ。
 残念ながら、今まで彼女がいた経験はないが。
「なんだっけ? 小学校の卒業文集に載せる作文に、将来の夢は隣の家のお兄ちゃんと結婚することだーって書いたんだよな」
「黙秘」
 こっちが先に振った話題だけど、自分は答えないと菫は口を噤む。それで同級生から軽いイジメに遭ったのは、今でもトラウマだったりする。
 ただでさえ“菫”と女みたいな名前な上、外見も小柄で女の子のように目が大きかったせいで、オカマオカマと馬鹿にされたのだ。馬鹿にしてきた奴らに陰湿な仕返しはしてやったが、それで負った傷が塞がるわけでもない。
 母は担任の女性教師に呼び出され、どういう教育をしてるのかと困惑げに尋ねられたという。母は母で、別に夢が非現実的でもいいじゃないと、しれっと言い放ったらしいが。
 性同一性障害というものがあるというのは世間でも知られてはいたが、菫は女になりたいと思ったことはないし、男しか愛せないということもない。
 女教師は菫に父親がいないから、男性に対する好きの感情を特別な好きだと勘違いしているのだと決めつけたが、それも違う。
 新任で戸惑う担任の気持ちもわからなくはないが、残念なことに、当時の菫は本気で荘司と結婚するつもりでいたのだ。
 本人はそうは思ってないらしいが、それを作文にまでしちゃうあたり、当時の菫は変わった少年だったのだろう。
「大概菫は変わり者だけど、あれには俺もド肝抜かれたぜ」
「俺のどこが変わり者だって?」
「宇宙人の友達がいたとか、サボテンと話せるとか電波な発言するあたりだよ」
 んなこと言った覚えはない。宇宙人の友達がいたら、今頃怪しげなテレビ番組に出演を果たしているはずだ。
 小さいオッサンや、顔のある蝶々と話したことはあるけれど。
 そんな些細なことも周りには話さなくなった。信じてくれる人間が傍にいなくなったからだ。
 変わり者だと言われるが、本当のことを話してるのに、どうしておかしな目で見られなければならないのだろうか。それで菫が傷つくと、どうして誰も理解してくれないのだろう。
 言ってもどうせ誰もわかってくれないんだ。理解してほしいと願うことさえ、もう諦めてしまった。
「とにかくその人がすんごい変貌ぶりでさ、幻滅どころの話じゃなかったよ」
「ってことは、まだ好きだったんだ?」
「笑止」
 おかしすぎて、へそで茶を沸かすどころか風呂まで沸かせそうだ。熱湯風呂に入っても、別に告知することなんてない。
「ったく、笑わせんなよな」
 まったく笑ってはいない顔で、菫はただアハハハーアハハーと、乾いた笑い声を上げ続ける。言うまでもなく不気味だ。
「す、菫?」
 かと思えば、次の瞬間にはだんまりと口を噤んでしまい、英輔の呼びかけにも答えない。
 長い友人関係があったとしても、英輔には菫が理解できない。はっきり言って奇行は目立つし謎ばかりである。
 見た目は……まあ、贔屓目に見なくてもかなりいいほうの部類に入ると思う。身長は標準よりもやや低いのを差し引いても、アイドルとして通用しそうなルックスだ。本人は知らないが、菫のファンは男女問わずかなりいる。
 いかんせんぼんやりしすぎてて、なにを考えてるかわからないのが欠点だろう。それに、なにより女の子からのアプローチに殊更疎いのだ。今時の少年のくせに、彼女ができないのはきっとそのせいだ。
(作る気になれば、すぐに彼女できるのになー)
 そうしたら、コンパの餌がなくなるから無理に作らせようとはしないけれど。
 
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