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□危険な花園
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人を外見で判断してはいけません。
そう教育されてきた花園左京だったけれど、自分が外見で判断されたらどうしたらいいのか、それを教えてもらわなかった。
一つ違いの兄、右京はうまくやってることを思えば、それが分からないのは教育のせいではないのだろう。
(どうしよう?)
だからこんな時は、ただ途方に暮れるしかなかった。
大きな青空を眺め、この時間を耐え抜こうと決意するが、相手にそんな左京の気持ちなど理解できるはずもなく、余計に怒りを買ってしまう。
「てめぇ、人の女横取りしといて、シカトしてんじゃねえぞ」
ドスの利いた脅すような声。なまじ顔が格好いい部類にはいるだけに、その迫力は増している。
一般的にガラが悪いと言われる生徒だ。普段だったら、絶対に左京とは関わり合いにならないタイプだろう。
「君の彼女?」
だから、ちょっとだけ興味が湧いたのかもしれない。
まったく身に覚えはないのだが、話ぐらい聞いてみてもいいかもしれないと思うほどには。
「俺のじゃねえけど……大事なダチの女だ」
「へぇー」
こんなにいかつい顔でも、彼は意外に友達思いのようだ。
やはり人は外見で判断できないと、左京はしみじみ実感してしまう。
(多分、右京ちゃんと僕を間違えてるんだ)
しかも結構おっちょこちょいらしい。
女遊びが激しいのは、左京ではなく兄の右京のほうだ。
よくこんなことがあって慣れたが、左京は彼女一人いた試しがない奥手少年だった。
「ごめんね。代わりに謝っておいて」
身内の罪は自分の罪。
左京は自分が悪いわけでもないのに、右京の代わりに謝ってしまった。
謝った――つまり、罪を認めたも同然だ。男の顔がみるみるうちに、怒りの形相へと変化する。
「謝ってすむ問題じゃねえだろ! しかもなんだよ、その他人事みてーなふざけた謝りかたは!」
「んー?」
そう言われても困ってしまう。
他人事って、現に他人事以外のなにものでもないし、実状が分からなければ、なんと言って謝ればいいかも分からない。
左京が首を捻っている間も、男の怒りは加速していった。
「てめぇも同じ目に遇わなきゃ分からねえか! その女、俺が奪い返してやる!」
「あー、うん。それでもいいけど、君の友達が悲しむんじゃないかな?」
「うっ……」
昔かたぎのヤンキーではないが、不良と呼ばれる部類に入る強面。
だが、左京に突っ込まれて言葉を詰まらせる様は、ただのバカとしか言いようがない。
「どうしよっか?」
そんな姿があまりに不憫で、つい相談に乗るように男に尋ねる左京だったが、余計に相手を怒らせる羽目になる。
「だったら、てめぇをヤッてやる! そしたら、女抱く気力も削がれるだろ!」
男は完全にキレて、暴れるみたいに喚き散らした。
「はい?」
頭の回転が鈍い左京が分からないと、キョトンとした顔を見せるが、話が飛躍しすぎてて、誰もついて行けないだろう。
しかしながら、男はその案に自画自賛してるみたいで、我ながらいい考えだと満足そうだ。
「なんか文句あるか?」
「いや……べつに」
「なら、明日の放課後にでもホテル行くから覚悟しとけよ!」
「あっ……」
言うだけ言うと、男は踵を返してさっさと姿を消してしまった。
取り残された左京は微妙な顔をしている。
なぜ、左京はあんな無茶な要望を呑んでしまったのか、一般人には皆目見当もつかないだろう。
(やるって……ホテルでなにするんだろう?)
って、そこからかい!
そもそも根本的なことから分かってなかった左京にとっては、さっきの会話がどれだけ重要な内容だったかも分からないはずだ。
花園家は、代々呉服屋を営む地元じゃかなりの名家。お坊ちゃま育ちの左京がホテルと聞いて、ラブホテルを思い浮かべるはずもなく、
(あっ、そういえば名前聞いてなかったな)
なんて、呑気に自分の失態を反省したりしていた。
ちょっとした緊張感が薄れて、左京の顔にも安堵の表情が見られる。
知的で聡明。クールビューティーとまで称される花園左京は、残念なくらいに天然で理解能力の低い少年だった。
「花園、どこ行ってたんだ? また絡まれてたんじゃないよな」
左京が教室に戻ると、ひどく心配した様子の眼鏡をかけたクラスメートが駆け寄って来た。
声のボリュームが抑えられてるのは、彼しか左京の実態を知らないからだ。
周りの左京へのイメージを崩したくないから、というわけでもなさそうだが。
「まあ、そんな感じだけど大丈夫だよ。委員長」
そう、彼は左京のクラスの委員長、安達修。
堅物そうな外見を裏切らず、成績は学年のトップである。頭のよさからか、左京の本質を見抜きなにかと親切にしてくれる存在だ。
「でも心配だよ。花園はその外見のせいで、誤解されやすいから」
「僕、そんなに絡まれやすい外見してる?」
「そうじゃなくて……」
見上げてくる左京の瞳は、人を挑発するような危うい色気を醸し出している。こんな目で見られたら、どんなにひどい扱いを受けても近づきたくなるほどに。
だから、危険なのだ。本人は自覚のないまま、周りだけが振り回されてしまう。
巻き込まれたら、相手は勝手に好意なり憎悪なりの、なんらかの感情を左京に抱いてしまうだろう。