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□ブラックストロベリー
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「ふ〜ん」
「……やっ!」
後ろから覗き込んできた黒沢君にもバレてしまい、先端をツンとつつかれてしまった。
てか、ふ〜んってなんなんだろう? 気になるけど、聞くのが怖いような……。
「ここも可愛いじゃん」
悩んでもじもじしてたら、黒沢君はそんなことを言ってきた。全身を舐めるように眺め、不必要な評価をしてくる。
「涼さんの身体は、どこもかしこも男をそそるようにできてるんですね」
はあ、そうですか。そんなこと言われても、全然嬉しくないんだけど。
どうせなら、かっこいいとか男らしいって言われたい。この軟弱な身体じゃ無理だけどさ。
「さっ、ふざけてないで早く身体洗っちゃいましょう」
「うん。お前がふざけるな」
「涼さん、まずは口のききかたから教えてあげましょうか?」
失礼な。俺をいくつだと思ってんだ。さっき教えたばかりじゃん。
でも、黒沢君の反抗を許さぬ言いように、俺は出かかった言葉を飲み込む。
「さーて、さっさと洗っちゃおう……って、なんだよ?」
面倒だから、早く済ませようと思うのに、手を出しても黒沢君はスポンジをよこさない。
「僕が洗うので、涼さんはおとなしくしててくれればいいんですよ」
「はいはい、分かりましたよ。身体冷えてきたから、なるべく急げよ」
「……いちいち一言多いんですよね」
お前もな。だけど、なんでこんなことされてんだろ?
身体洗ってもらってんだから、ありがたく思わなきゃいけないのかな?
(ま、いっか)
深く考えたって、どうせこの状況は変わらないんだろう。
だったら、我慢して少しおとなしくしてたほうがいい。
おとなしくじっとしていたら、黒沢君はあれ以上なにかしてくることもなく、普通に身体を洗われた。
なんか色々言われたけど、悪ふざけだったって思えばいいかな。
「僕の部屋に行きましょう。服、まだ乾いてないから貸しますよ」
「ああ、うん」
とりあえず、部屋着みたいのを渡されて、二つ返事で頷く。
「でも、だっせー服とかムリだからな」
「全裸で帰ります?」
「ピンクのジャージだろうと、すててこだろうとオールオッケー」
もう暗いし、どうせどんな格好しててもバレないよな。うん。
全裸とかって、そのままお巡りさんに連れて行かれちゃうから。
「涼さん……少しは仲良くなれたかな、僕たち」
部屋に入る直前、黒沢君は振り返って殊勝な表情を見せてきた。
「僕も、ずっと涼さんと仲良くなりたいと思ってたんですよ」
「……えっ?」
不意に胸が高鳴る。なんだろう、この気持ち。
もしかして、早く打ち解けようとして、あんなことしたり言ったりしたのかな?
ブラックジョークか。黒すぎて、分かりにくすぎるよ。
「っていうのは嘘ですけど、覚悟は決めてくださいね。自分から僕のところに飛び込んできたんですから」
「はい、ブラックジョーク」
もういい加減飽きたって。そろそろ、普通に友達らしいことしようよ。
「僕、冗談って嫌いなんですよね。真面目な人間だから」
「はは、一番のジョークだ。笑えないけど」
今度は、黒沢君はもうなにも言い返してこなかった。すんごい暗い目で見られたような気がするけど、見間違いだといいな。
黒沢君の部屋は、こざっぱりしたモノトーンで落ち着いた感じの部屋だった。苺柄のアイテムとか期待してたから、ちょっとガッカリだ。
「面白みのまったくない部屋だね」
「涼さんを裸に剥いて、ベッドとかに縛りつけておいたら、少しは楽しくなりますかね?」
「多分、ならないんじゃないかな」
なんだよ。残念そうな眼差しなんて送ってくるな。
俺は縛られてなんかやらないぞ。そんな趣味なんてないし。
「アイスコーヒー淹れてきますね」
「うん。ありがとう。strawberryのコーヒーは美味しいけど、黒沢君が淹れてるの?」
「涼さんがいつも飲んでるのは、僕のですよ」
「は?」
意味が分からない。なんで俺が飲んでるのは、なんだろう?
俺って性格が悪いんじゃなくて、頭が悪かったのか? でも成績はよかったから、そういうわけでもないんだろう。
(もっと、普通に話してくれないかなぁ……)
黒沢君は分かりにくすぎる。いちいち含みのある言い方をしてくるし、俺をけなすわりにはよく尽くしてくれるし。
「涼さんは、砂糖なしのミルク一個ですよね」
「そうだけど……今はブラックでいい」
苦味がくせになる。
それに、黒沢君が淹れたコーヒーってのを、もっとちゃんと味わってみたくなった。
「今日は一段とワガママですね。でも……そのほうが、楽しみが増えますね」
「ワガママなんて言ってないよ。ただ、そんな気分なだけ」
部屋にほのかに立ちこめる、コーヒーの香り。
意地悪なこともいっぱい言われたけど、黒沢君とのやりとりは、すごく楽しかった。