中編集
□Crazy Heart
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―出逢い―
高校二年生になって、春が過ぎようとしてるころ――俺は初めて中里の存在を知った。
第一印象は良くも悪くもなく、とくになにも感じなかったような気がする。ただ、強く興味を惹かれた。理由なんて、考えるだけ無駄だろう。
近づいたのは、俺からだった。
夏休みまで、あとわずか。話題と言ったら、なにして遊ぶとか、どこに行くとか、休みの予定ばかり。
そんな中、同時つるんでいた友人の槇村だけが気だるげに、夏休みとはまったく関係ない話題を振ってきたのだ。
「なあ、中里櫂って知ってるか?」
「ああ? 誰だよソレ」
俺はと言えば、槇村同様気だるげに、下敷きをうちわ代わりにして扇ぎながら、さほど興味もなく吐き捨てた。
呆れるほど他人に興味がない。
唯一俺に関心事があるとすれば、日替わりで女の子とするセックスくらいか。
「そいつがお前の彼女、舞ちゃん? と、ホテルから仲良く出て来たのを見たぞ」
「ふーん」
彼女って言っても、何番目だからもわからないような子だ。正直、どこでなにをやってようが、俺が文句を言える立場ではない。
俺にとって彼女と呼べるのは、セックスさせてくれる存在のことでしかなかった。
「お前に傷つけられたら女の子は中里に癒されに行くんだと。最近じゃあ有名な話だ」
俺が聞いていようが、いまいが、槇村はどうでもいいと言うように続ける。
無気力な若者が増えていると、夜のニュースのネタになっていたが、まさに自分たちのことだと思う。それさえ、興味の対象にすらならないけれど。
「なんだよ、それ」
とりあえず黙っているのもおかしな話で、仕方なく俺は聞き返す。
「相原クンは外見に反してガサツで、乱暴者なのよ〜。だってさ」
せっかく聞き返してやったのに、槙村は面倒臭そうに説明をしてきた。
ああ、つまり俺が遊んだ女の子らが言いふらしてるわけね。その後始末をさせられてる、中里ってのも可哀想だな。
綺麗な顔。それだけで寄ってくるほうが悪い。
外見とのイメージと違うなんて、誰にだって言えることだ。つまり、大きいか、小さいかの差だろ?
べつに、好きでこの顔に生まれてきたんじゃない。だけど、どうせ持ってるもんならそれを利用するのが当然だ。
「中里クンは優し〜。んだって。お前に負けないほどのタラシらしいけどな。ちょっとは見習えば?」
「なんで俺が」
女のご機嫌とりながらやるセックスなんて、なんの面白みもない。
中里は違うのか? どんだけつまんないことやってんだよ。
(って、よけーなお世話か)
顔も知らないのに、俺の中で中里櫂という人物像が着実に確立されつつある。女に甘い、軟派なフェミニスト。
きっと、男ウケは悪いはずだ。少なくとも、俺はそんな奴と友達になれる自信がない。
「あっ、噂をすればなんとやら」
騒がしく廊下をよぎる集団。
その中心にいる人物を指して、槇村はまったく表情を変えずにつぶやいた。
「はっ?」
視線の先、俺の目に映る一人の男子生徒。想像していた人物像とは、かなりかけ離れていた。
背が高く、柔らかくも精悍な顔。穏やかな笑みが、周りにも笑顔を与えている。
(つか、人気者かよ)
集団のほとんどが男子だ。別段媚びてる様子もないし、誰もが本当に楽しそうにしている。
なんだか拍子抜けしちまったぜ。
「なーんか、世界が違うって感じ? ありゃあ、お前でも勝てねえよ」
「……かもな」
勝ち負けなんて考えてたわけじゃないが、俺の敗北は明らかだった。
「つか、お前さー」
槇村の声が、遠くに聞こえる。一瞬だけ、そいつと目が合ったような気がした。
ほんのわずかではあるが、中里の瞳の奥に底無しに近い陰を見つけてしまったんだ。
(中里櫂、か……)
これが俺が中里を初めて認識した瞬間であり、意識し始めた瞬間でもあった。