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□Crazy Heart
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―プロローグ―



 息を詰めて、ただその寝顔を見つめた。
 決して起こさないように、声に出さないように唇が二文字の言葉をかたどる。
 一番伝えたい言葉は、絶対に言ってはならない言葉。

「――き……」

 だからただ、息を詰めて、その横顔に――…。










 俺は睡眠不足の苛立ちを、目の前で気持ちよさそうに寝ている男の抱きしめている布団を奪い去ることによって解消させた。
 途端、不機嫌そうな眼差しが返ってくるが、性懲りもなくそいつの身体は布団に沈もうとする。

「おらっ、さっさと起きろよ!」

 だるいだろう腰に思いっきり蹴りを入れてやると、ようやくそいつはベッドの上に起き上がり、恨めしげに俺を見上げてきた。
 疲れてんのは、こっちも同じなんだ。甘やかしてなんてやるか。

「……う〜ん、ハルちゃん冷たい。もっと優しく起こしてくれたっていいだろ」

「キモい呼び方するなよな、中里」

「ハルも前みたいにカイって呼べよ――いでっ」

 中里櫂。俺の親友。そして、男では唯一のセックスフレンド。
 かれこれもう、七年の付き合いになるが、こいつがうちに泊まってくなんて珍しいことだ。
 なにもかも知り尽くした仲。今更気兼ねする相手じゃない。

「早く支度しないと、会社に遅れるぞ。ナ・カ・ザ・ト」

「ハイハイ、わかりましたよ。相原晴彦クン」

「ハイは一回でいい!」

 とかなんとか、不機嫌な態度を崩さないで言い放つけれど、俺ははしゃいでいるんだろうか。
 寝てないせいもあるけど、朝からやたらテンションが高い気がする。

「ハイハイ……って、まだ六時半じゃん。久しぶりにお目覚めエッチができるな」

「わっ!」

 できねーよ。そう言ってやろうとしたのに、ベッドに引きずり込まれてしまった。
 逞しい腕に抱かれて、胸が甘く高鳴る。うつむく頬が熱い。

(クソッ……!)

 駄目だってわかっているのに、バカな心は身体を裏切る。
 降りてきたキスに、俺は情熱的に舌まで絡めて応えていた。
 下だけ脱がされたと思えば、中里はいきなり二本の指を俺の中に埋め込んできた。
 指に押し出されるようにして、昨晩そこに出されたものが、グチュリと音を立てて溢れ出してくる。

「慣らす必要なんてないだろ。さっさとやれよ」

「ん? 慣らしてんじゃなく、俺の名残を確認してるだけ。出さないでいてくれたんだ?」

「なっ……」

 やるならさっさと終わらせたいと思った俺だったが、返ってきた台詞に唖然としてまう。
 ただ、まだシャワーを浴びていなかったってだけの話だ。
 人を好き者みたいに言いやがって。マジで腹が立つ。

「しかもお前、なんで途中からゴムしなかったんだよ!」

「ナマの方が気持ちいいだろ。それとも、危険日だった?」

 文句を言う俺に、中里は爽やかな笑顔でさらっとロクデナシ発言をしてきた。

(こいつに、モラルを説いても無駄だけど)

 人のことを言える立場ではないが、中里の女遊びは常識の範疇を越えている。
 一見人の良さそうな顔の裏側に、こんな本性が隠されてるなんて、女の子は気づいていないだろう。

「バカ、死ね……っ!」

 そんなことを考えてたら、余計腹が立って怒鳴りつけたら、中里はあろうことか俺の一番弱い場所を、爪で引っ掻いてきた。
 条件反射のように、俺の体は跳ね上がる。中里が満足そうに笑っているのがムカつく。
 その笑顔に見惚れそうになったなんて、自分が情けなくなってくる。

「お前が妊娠したら、迷わず産ませるのに。絶対可愛い子に育つし」

 ヘコむ俺に、中里は冗談だか本気だかわかんないことを言ってきた。
 呆れた。何人もの女の子を孕ませて中絶させたって言われてるお前が、そんなこと言うな。

(ずるいんだよ……)

 期待しそうになる。もしかしたら、今以上の関係になれるんじゃないかって……。
 無駄だって、わかっているのに。

「まあ、男は妊娠しないから楽なんだけどな」

「……っ、バカなこと言ってんじゃねえ!」

 だけど、期待なんてしない。傷ついたりもしない。
 今までだって、ずっと耐えてきたんだ。これからだって、変わらない。
 長くこの関係を続けるためには、あの言葉を絶対に言わなければいいだけなのだ。
 
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