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□愛のSCREAM
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それから一週間。嬉しいお知らせと、悲しいお知らせがある。
先日、冴子の一人暮らしをするマンションに初めて遊びに行き、そして合鍵を交換した。これは嬉しいお知らせ。
悲しいお知らせは、今この瞬間だ。
「こんな小さなミスをして、気が緩んでる証拠じゃないか?」
怒っているわけではないようだが、冷静な声は精神的に堪える。
書類作成時に数字の桁の間違いをやらかした俺は、部長の前で頭を垂れていた。
「君は新人の中でもやる気があって、仕事も早くて丁寧だと定評がある。しっかりやってくれ」
「はい。以後、このようなことがないように努めます」
「君のために言うんだ。落ち込むなよ?」
「申し訳ありませんでした。ありがとうございます」
ミスを犯したのは自分だ。部長にフォローさせてしまったことがなにより心苦しい。
部長は自分が忙しいながらも、下層部にいる俺たち新人にまでよく気を配らせてくれる。冷たい印象はあるが、仕事には実に熱血だ。
部長の手を煩わせたくない。会社に貢献したいと思う俺の意気込みは、やや空回り気味だ。
今回のミスは冴子との恋愛の発展で浮かれてのもの。言い訳も出てこない。自分を殺して海に沈めてやりたい気分だ。
「本当に申し訳ありませんでした。これからもどうか見捨てず、ご指導お願いします」
「はは、堅いな。見捨てるはずないだろ? どんどん指導してやろうじゃないか……手取り足取りな」
色気のある眼差しを向けられ、性懲りもなく俺の胸は高鳴る。
心臓に悪い人だ。これがこの人の性格でも、当分は慣れそうにもない。
俺はもう一度頭を下げると、自分のデスクに戻った。
(しばらく、冴子とは会わないようにしよう)
それが、社会人として俺ができる反省の示しかたで、けじめだった。
冴子には悪いけど、今は部長の信頼を得ることを一番に考えたい。恋にうつつを抜かすのは、一人前になってからで充分だ。
休憩時間、早速メールでその旨を伝えた。冴子は快く受け入れてくれ、励ましの言葉までかけてくれた。
「飲みに行かないか? もちろん私の奢りだ」
仕事で結果を出せるようになった頃、部長に誘ってもらえた俺は天にも昇る気持ちになった。
冴子とは、メールや電話だけの付き合いを続けている。理解のある彼女に感謝している。
そこに、やっと少しだけでも部長から信頼を得られたと思える誘い。俺の人生は間違いなく、明るい場所へ向かって突き進んでいる。
「喜んで!」
二つ返事で答え、部長の失笑を買った。
「あっ、でも割り勘でお願いします」
「上司に恥をかかすな。こういう時は、素直に奢らせなさい」
「わかりました。恐れ入ります」
仕事中は、やはりまだ怖い。でも、笑うと眼鏡の奥の瞳が優しくなり、親しみやすくなると知った。
部長は今では俺の憧れの人だ。少しでも近づきたいという思いは、日増しに強くなっていく。
「じゃあ、今晩。ドタキャンはなしだぞ」
当然だと焦った返事をして、また笑われた。
毎日が楽しい。こんな充実した日々は、生まれて初めての経験だった。