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□愛のSCREAM
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 そして冴子との関係を進展させることもないまま、部長が帰国する日を迎えた。
 有名デザイナーがデザインした、明るくお洒落なオフィス。俺が所属する部署の人間は全員集められ、起立して部長の登場を待つ。
 冴子が悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺に目で合図を送ってきた。よくわからないが、多分「どんな人だろうね」ってな感じだろう。
 秘密のやり取りにドギマギしながら、俺は部長を迎えるための緊張の表情を作った。

「ただ今戻りました。部長の蛇飼です。まだまだ若輩者の私ですが、これからもよろしくお願い致します」

 絶対的なオーラを放ちながら現れた部長は、大勢の前でも臆することなく、堂々たる挨拶を見せた。

(若い……)

 最初に驚いたのはそのルックスだ。
 長身でブランドのスーツをモデルのように着こなし、多分どっかの血が混じってるだろうと思える顔立ちは、彫刻のように整い、細いフレームの眼鏡が彼を冷たく見せている。
 落ち着いてて迫力は満点だが、年齢は三十を越えてるかいないかぐらいだろう。歳は近くても、俺とは住む世界が違う人種だ。自分も顔だけはいいと言われるが、その比じゃない。もはや異次元の人間だ。
 うまくやっていけるだろうかと、既に胃がキリキリし始めている。
 それにその名前……。

(蛇飼って……名前だけで怖い)

 と言うより、聞き覚えのある名前だ。それも、会社の会長や社長と同じもの。
 間違いなく、関係者だろう。
 恐怖すら覚える美形を見つめる。不意に、部長と目が合い俺の心臓は激しい鼓動を奏でた。

(えっ……?)

 キュッと細められた眼差し。柔らかく緩められる口許。部長が自分に笑いかけてるのだと知り、俺はヘタレ丸出しで動揺する。

「新しい顔ぶれもあるみたいだから、しばらくは親睦を深めることに専念しようか」

「部長、仕事してくださいよ」

「わかってるよ」

 俺が見ない顔だから、笑顔で安心させてくれたのだろうか。できる男はユーモアのセンスも抜群らしい。
 笑うとだいぶ印象が変わる。凛々しく精悍な顔に愛嬌が加わり、なんとも親しみやすいイメージになった。
 そうは言っても、俺なんかが気安く話しかけていいような相手でないこともわかる。まさに男の理想図。一瞬で、部長の持つ雰囲気に呑まれてしまっていた。

(な、なんだろう?)

 なかなか外されない視線。挙動不審な俺を面白がっているのだろうか。
 なにか不思議な感覚に捕らわれる。まるで、デジャヴのような……。
 きっと男女間なら、恋の始まりとでも言えそうな……と考え、俺はバカかと自身を叱責した。
 なにを考えてるんだ。いくら部長が格好いいからって、ときめいてどうする。男同士なんて、おぞましい記憶でしかないのに。
 そもそもそんな考えは部長に失礼だ。俺はおかしな妄想癖でもあるのだろうか。

「オーラ半端ないけど、よさそうな部長だな」

「う、うん」

 同期の小出に小声で耳打ちされて、俺はなんとか頷くことはできたが、実際はまだ混乱状態だった。
 
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