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□Break kiss
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 喧嘩上等。ただし、弱い者イジメは絶対にやらない。風馬の方針で、チーム規約にも記されている。

 一、弱い者を助けることがあっても、手を出すことは許されない。

 一、チームの名を汚すことは許されない。

 一、他人に迷惑をかけることは許されない。

 一、親を泣かすようなことは許されない。

 こんな調子で、規約は今や100以上に膨れ上がったという。
 どんな理由があろうと風馬の言葉は絶対だ。規約を破った者はチームを追われ、二度とメンバーの前に顔向けできなくなる。


「レッド先輩はどう思うっすか?」

「その前に、北高から果たし状が届いてる。四日の六時、駅裏の土手に集合だ」

「マジっすか? 気合い入れとくっす!」

 集会はそこでお開きになった。残りのお菓子を片付けるという名目で、風馬だけ河原に残る。

「風馬、先帰るぞ」

「ういー。ところでレッド、北高に先に話を振ったのはお前か?」

 風馬は顔も上げずに、辰巳の真意を暴いてしまう。
 無言で目を見開くしかなかった。風馬にはごまかしは通用しない。さすがだと、諦めて目を閉じる。

「その通りだ。北高のWOLFの奴ら、ミユキのダチをレイプしたらしい。それを写真に撮って、脅して金も巻き上げてる」

 そこまで話すと、風馬の目つきも鋭くなる。
 ミユキは辰巳の彼女でもあり、風馬にとっても幼なじみ。気の強い女だが、今回ばかりは辰巳に泣きついたのだろう。

「OK。これは正当な喧嘩だ。総長である、このオレが認める」

 風馬は辰巳を一瞥だけすると、仮眠を取るために、芝生の上に横になった。
 今夜もバイトだ。なるべく体力を温存しておかなければならない。
 ――来たるべき日に備えて。
 




 一時間くらいは寝ただろうか。そよそよと髪を靡かせる風が、大分冷たくなってきた。
 風馬は人の気配を感じて、わずかに神経を張り巡らせる。いつでも動けるように、既に臨戦態勢だ。
 しかしそれを確認すると、興味がうせたとばりに身体の力を抜いた。


「なんの用だ? 文句でも言いに来たか?」

 声をかけられたことに嬉しそうに笑みを浮かべて、風馬の寝顔を観察するのをやめて、ゆっくり傍に近づいてくる。

「いえ、俺をWINDに入れてくれませんか? 俺は1−Bの藤波景吾。あんたに惚れたんだ」

 それは、階段から落ちた風馬を受け止め、そして唇を重ねた相手。言葉を証明するように、学ランにとめられた校章と並ぶバッチには学年とクラスの称号。
 景吾はニッコリと笑みを湛えて、物怖じもせずにはっきりとそう告げてきた。

「チームに入るには、それなりの試練を受けてもらう。オレじゃなく、副総長の管轄だ」

 風馬は面倒くさそうに吐き捨てて、再び目を閉じる。
 WINDに入りたいという輩は後を絶たない。いちいち自分が相手にしてるほど、暇じゃないのだ。

「あんたを抱きたいって言ってるんですよ」

 辰巳に言えと言わんばかりの風馬に、景吾は挑発的な眼差しを向けた。
 ようやく、風馬は景吾を向き合う。

「だったら、おととい来やがれ」

 どんなに事実以上の武勇伝を流していても、この容姿だ。そういう輩も後を絶たない。
 それなら容赦はしないと、風馬は鋭い表情を景吾に返した。
 けれど、景吾もひるむことはなかった。目を逸らすこともなく、真っ直ぐに風馬を見据える。

「俺は本気ですよ。それと、ただチームに入りたいんじゃない。あんたの一番傍――副総長に志願するつもりです」

 強い風が、二人の間を駆け抜けていった。
 風馬は空耳だったのかと、バカにしたような笑みを浮かべる。

「ハッ、笑わせるな。お前がレッドに勝てるわけねえだろ」

 身長の差はさほどないにしろ、辰巳に比べ景吾は全体的に細い。
 なにかスポーツくらいはやっているかもしれないが、喧嘩となれば話は別だ。それだけじゃあ、チームの下っ端の相手にもならないだろう。

「やってみなきゃわからないじゃないですか。それとも、俺が副総長になるのが怖いんですか?」

 景吾の挑発に乗りそうになるが、体力の消耗のことを考えて、風馬は深呼吸するように深い息を吐く。
 自分がここできっちり後輩を指導しておくのもいいが、それは、自分の道理にそぐわない気がする。
 しばらく考えた末、風馬は頷いた。

「……わかった。レッドに勝ったら、WINDの入会を許可する。副総長の座もお前のもんだ」

 端っから、景吾が辰巳に勝てるなどとは思っていなかった。
 景吾の真意が、本当にそこにあるのかもわからない。どちらにせよ、少し痛い目に遭わせて、立場をわからせたほうがいい。
 これで話は終わりだ。風馬はようやく重い腰を上げる。
 
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