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□Break kiss
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――人の運命を劇的に変化させることができるのは、人との出逢いしかないのだ。
二人にとって、今まさにそれを迎えた瞬間であったが、当人たちが気づくことはない。
まるでそれは、静かに吹き抜ける風のように、穏やかすぎて……。
「風馬、大丈夫か?」
K-1選手ばりにがたいのいい強面の男が、心配そうに風馬の後に続く。
手を掴みきれなかった自分を悔やんでいた。もし風馬の身になにかあったら、チーム全体の沽券に関わる問題だろう。
それだけじゃない。幼なじみで腐れ縁の、生身の小山田風馬を心配しているのだ。
「ああ、胸くそ悪いけどな」
風馬はムスッとしながら、そう吐き捨てる。
あの、一見柔和で女にだらしなさそうな顔を思い出すと、胃がムカムカしてくる。
絶対に、自分とは交わらない平行線のような奴だと思った。
(事故ったって、男なんかとキスしちまったぜ)
唇に残る感触を思い出してしまい、風馬は嫌そうに顔をしかめる。
ヘラヘラして軟弱そうなくせに、意外に力強かった腕。二階から降ってきた自分を、よく怪我もなく受け止められたものだと感心する。
「――うま、おい、聞いてるか?」
「えっ? ああ、なんだよ」
肩を掴まれて、風馬はハッと顔を上げた。
嫌なことは早く忘れるタイプなのに、あの顔が脳裏にこびりついて離れない。
「今日の放課後、チームの集会があるから、絶対に参加しろよ。総長なんだから」
「わーったよ!」
しつこく念を押してこられて、風馬はわざと大きな声を出した。
差し入れを期待して、今日はバックレるつもりはなかったのにと、内心ため息を洩らして。
とはいえ、WINDは今の風馬のすべてだ。
結成されて一年。十数人の大きくはないチームであるが、ここら辺の界隈でWINDの名を知らぬ者はいない。
それを束ねるのが、男とキスして落ち込んでる風馬だった。まだ二年ながら、この学校の生徒は三年でも彼に頭が上がらないという。
放課後――集会場所である河原に、風馬たちは足を運んでいた。
風馬は大きなあくびをしながら、腕に青いバンダナを巻く。WINDを示す腕章の代用品。チームによって、色分けされているのだ。
「風馬さん!」
そこに、後輩のテツがコンビニ袋いっぱいのお菓子を持って現れた。
ずっとテンションの低かった、風馬の表情が一瞬で輝く。袋をさっさと受け取ると、テツをギュッと抱きしめた。
「テツ〜、お前は毎回毎回気が利くなぁ。ちゃんとチョコもあるじゃねーか!」
「マジ、テレるっすからやめてくださいよー」
テツは文句を言いながら風馬から身を離すが、まんざらでもないのだろう。顔は真っ赤で、口許なんかはだらしなく緩んでいる。
強くて綺麗でかっこいい。甘党なことを差し引いても、風馬はチーム内の憧れの対象だということに変わりはないのだ。
「全員集まったな? 風馬、チョコなんて食ってないで集会を始めろ」
「ああ、これ食い終わったらなー」
風馬は適当に頷いて、手を止めようとしない。風馬の“食事”を止められる人間など、誰一人いないのだ。
それが例え、幼なじみで右腕の副総長であろうと。副総長――赤池辰巳(通称レッド)は、わざとらしく大袈裟にため息を洩らした。
WINDが結成されたのは一年前。つまり、風馬が入学して間もなくのことだった。
その頃の学校内は荒れ放題で、理不尽な暴力が氾濫していた。
それを許せなかった風馬は、当時学校を仕切っていた三年の不良グループに果敢にも挑戦したのだ。
一度目は敗れた。しかし辰巳や同士の力を借りて、二度目で全員屈服させることに成功した。
『チーム組もうぜ。一番強い奴がリーダーだ』
『レッド、お前が適役じゃねえか』
『いや、半分以上を一人でやったのは風馬だろ』
『オレはなんでもいい。それより、ねみぃし腹へった』
実際は、こんなやりとりが交わされていたのだが、現在、生徒たちがそれなりに平和な学園生活を送れているのは、他でもなく風馬たちのおかげだったのだ。
WIND結成のきっかけを作ったこの事件は、未だ伝説として語り継がれている。
「西高のPRESIDENT、最近調子こいてんすよ。総長の岸本が、またイヤな野郎でー」
「あんな眼鏡のインテリ集団ほっとけや」
「でも……ナンパ成功率90パーセントなんて、許せねーっす」
「ショウ、そりゃあ、ただの嫉妬だろ」
ここの区域では、東西南北に四つの高校があるのだ。主に抗争があるのもこの四つの高校。
学力のレベルで言うならば、西高がトップで、風馬たちの東高が最下位だ。そのせいか、WINDの連中はPRESIDENTを目の敵にしている。
(とりあえず、オレは喧嘩ができりゃあ、なんでもいいけどな)
風馬はスナックの袋を開けながら、適当に頷いた。
多感なお年頃。どこかで憂さ晴らしをしなければ、鬱憤は溜まっていく一方だ。喧嘩は発散させるのに一番手っ取り早い手段なのだ。