中編集
□IMITATION
5ページ/33ページ
「津田……」
かけれるわけがない。そう思った。お礼さえ言えなかったのに。俺をバカにしてる奴なのに。
だけど、気づいたら呼び出し音がかすかに響いていて、無意識に通話ボタンを押してたことを知った。
(出るなー出るなー)
そう念じながらも、本当は出てほいしいと心は叫んでる。
あの日ヒーローに見えた津田。すがれるのは、お前しかいないって。
『はい――』
あっ、出ちゃった。
ハッとして鏡に映る自分に目をやる。安心しきったように笑ってる。
なんで津田なんか……とか思ってる場合じゃない。背に腹は代えられないからな。
『もしもし? イタズラだったら切るぞ』
「あっ、あの……っ、俺だけど」
『オレオレ詐欺?』
「じゃなーいっ!」
ああ、どうしたもんだろうか。緊張しすぎて自分の名前も言えねえなんて。
黙ってたら切られちゃうよ。しかもこの番号、着拒されたら、二度と津田に連絡できないんだ。
「俺っ――」
『もしかして、泉か? どうした、なにかあったのか?』
「……うん」
な、なんだよ。どうして呼び捨てなんだよ。どうして、そんな切羽詰まった声出してんだよ。
俺のこと、バカだと思ってるんだろ?
『今すぐ行くから』
津田はまだなにも話してないのに、慌てたように携帯を切った。
津田に逢える。恐怖なんて、もうとっくに吹き飛んでいた。
本当に、すぐ津田は来てくれた。息を切らせて部屋の前に立ってる姿を見たら、思わず抱きついてしまったんだ。
よしよしと、子供にするみたいに頭を撫でられる。あの日の津田だ。優しくて、かっこいい……とは言いすぎか。
「ここに泊まってやろうか? それとも、うちに来るか?」
「行っていいの?」
できれば、こんな部屋になんていたくない。
でも、面識もあまりない津田にそんな頼っていいものなのかと、こんな俺でも思ってしまう。
「ああ。先に約束したのは俺だしな。落ち着くまでうちにいろよ」
「そう言うなら、そうする」
「だったら、早く荷物まとめろよ」
「うん」
おい、俺。ここはありがとうと言うところじゃないのか? でもそんなこと言ったことないし。
津田が是非とも来てくれって言ってんだから、お礼なんて言う必要ねえか。
「おい、なんでさっきから下着しか詰めてないんだ?」
「盗まれたくないから」
「そんなこともされてんのか……」
呆れたような言い方にちょっと傷つく。
俺だって、男のパンツ盗んでどうすんだって思うよ。でも実際に盗られてるんだから仕方ねーじゃん。
「最低な野郎だな。怖かっただろ」
えっ? 呆れてたのは俺にじゃなくてストーカーの方?
「うぅ……」
なんだよ。紛らわしい言い方すんなよ。泣けてきちゃうじゃん。
また津田によしよしされて、俺は広い胸の中でしばらく泣き続けてしまった。
「――うわっ!」
歩いて10分。俺は度肝を抜かれていた。
津田の住むマンションは、「こんなとこにどんな奴が住んでんだよー」と、前を通り過ぎるたびに思っていた、高層高級マンションだったのだ。
(……こんな奴が住んでたのか)
って、マンションじゃないよこれ。億ションだって。
どうしたら、普通の大学生がこんなとこに住めんだよ。
「親の所有物だ。不動産業してるからな」
「へー」
感心しながら、今更思い出す。
そういえば、津田って聞いたことあるかも。うちのアパートも、津田不動産とかだったよな?
俺地元っ子じゃないから、すぐにピンとこなかった。
「もしかして、津田って有名人?」
「親がな」
ふーん。お坊ちゃま君なわけね。認めたくはないけど、こんなことでビビってる俺って、かなり庶民。
いやいや……こんなかっこいい庶民がいるはずない。いつかきっと、自分の手で富を得てやるんだ!
「どこでも好きに使っていい。けど、玄関の横の部屋には絶対に入るな。あそこはプライベートルームだからな」
「はーい」
俺の野望をさらりと無視して、津田はさっさと自分の生活に戻ってしまった。
禁断の間ってやつか。うちなんて部屋一個しかないから、秘密もくそもないよな。
(はぁ……俺はこのリビングだけで生活できる)
軽く十畳はあるだろうリビングに置かれたフカフカのソファーに、俺は遠慮なしにダイブした。