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□IMITATION
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「プチさえつければ、なんでも可愛くなると思ってんじゃねーっ!」
春、青空澄み渡る春。緑の葉をつけた木が、そよそよ揺れる大学構内の中庭。バカみたいに俺の声がこだましていた。
俺の隣では、従兄弟が呆れたようにため息をついている。
「そんなでっかく口開けて、自慢の美貌が崩れちゃってるぜ。しかも、誰かに聞かれたらどうすんだよ」
「だって、麗子の奴整形してたんだぜ?」
どんな美人でも「プチだから許して」なんて言われたって、もう人造人間にしか見えないし。
付き合い始めて三日、キスもすませずに彼女は他人になった。
俺様は完璧を目指してるワケ。このかっこよくて美しい俺に、整形女が相応しいはずがない。
「だーから、お前はいつまでたっても童貞なんだよ」
「俺は自分に釣り合う女を探してんの! 偽物で妥協なんてできるかよ」
「……大学生にもなって童貞とかって、ありえねーから」
さすがにその台詞には「うっ」と言葉を詰まらせてしまう。
だからって、その言い方にはカチンときたぞ。
「えらそーに言うな! リュウは俺の下僕だろ」
「はいはい。そうでございましね、泉お嬢様」
完全にバカにしてるよな? こいつ。
こいつ――佐倉龍之介は俺の一個下の母方の従兄弟だ。大学には俺の下僕として、特別に呼んでやったんだ。
この俺様の傍にいれるだけで、ありがたいと思えよな。
「つーか、泉の性格が悪くて友達できねぇからって、おばちゃんに頼まれただけだし」
「……っ」
なんて言いぐさだ。確かに、高校まで友達の一人もいなかったけど。
だけどそれは、皆が高嶺の花の俺に近づけなかっただけの話で……。
「ったく、泣くなよな。可愛いから」
「なんだそれっ!」
つか、泣いてないし。これはあれだ。コンタクトがズレてだな。
「ところで、視力両目とも1.5の泉ちゃん、例のプチストーカーはどうした?」
「……今日も手紙入ってた」
急にその話をふられ、俺のテンションは一気に落ちて暗い表情を浮かべる。
プチストーカーって、そんな可愛いもんじゃないし。
実際、毎日のようにラブレターを送られ、盗まれた下着の数も、数えたらきりがない。警察に相談しても、男だからって取り合ってもらえないしさ。
「かっこいいって、ほんと罪だよな。でも相手男だし、またあんな目に遭ったら……」
一度、夜道で物陰に連れ込まれそうになったのだ。思い出すだけでゾッとする。
抵抗もろくにできずに服を剥かれた記憶は、再び俺の目頭を熱くする。
「そりゃあ、その顔みたら誰だって……」
リュウが横でなんか言ってるけど、よく意味は分からない。
と、そこに女の子たちの声が近づいてくる気配がした。俺は一瞬でキリッと男前な顔を作る。
「おーいっ!」
リュウが何故かずっこけていたけど、そんなボケに付き合ってる暇はない。
そこに姿を現したのは俺のファンクラブに入ってる女の子二人組だ。
だけど俺の顔を見るなり、気まずそうに目を逸らしてきた。
「どうしたの?」
俺が声をかけると、二人は仕方なさそうにこっちに寄ってくる。
なにか様子がおかしい……いつもなら、黄色い歓声を上げて俺に駆け寄ってくるはずなのに。
「長谷川君、ごめん……私たち、津田君のファンクラブに入ったの」
「は?」
「長谷川君も大好きだけど、あっ、ほら、彼女できたって聞いたから」
二人がそそくさと立ち去る中、俺はプライドが邪魔をして、引き止めることもできずに呆然と立ち尽くすしかなかった。
(……また、津田?)
その名前を、最近になって何度聞いただろう。ことごとく俺のファンの子たちがそいつに流れて行ってるのだ。
一度は不覚にもかっこいいと思ってしまった顔が、脳裏をよぎる。
「泉? 大丈夫か?」
「帰る」
「はっ? だって、まだ午後の授業が……」
「いいから帰るの! 抱っこして!」
女の子も消えて、外っ面が剥がれた俺は、ダダをこねるようにリュウの首に抱きついた。
マジで泣きそうになった。こんな屈辱的な思いを抱くのは初めてだ。
「仕方ねえな……」
ぶつぶつ不満を漏らしながら、リュウは俺に背中を向けてしゃがんできた。
おんぶじゃないよ! 抱っこだってば! この役立たず。