ダーリン

□抱きしめてダーリン
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「ネクタイ」
 手を出され、ポケットに突っ込んでいたネクタイを室井に手渡す。
「そろそろ裕が誰のものかって、彼らもわかってよさそうなもんなんだけどな」
 室井はうんざりといった感じでつぶやき、器用に裕のネクタイを結んでくれた。
 シュッと布の擦れる音に、なぜか頬が熱くなってくる。その綺麗な指先に見惚れる。
(どこまでも完璧……俺とは全然違う)
 本当に自分はこの人と付き合っているのだろうか。遊ばれてるだけなのだろうか。
 近くにいる室井が急に遠くに感じて、裕は疑心暗鬼に陥る。
「じゃあ、行こうか。ボタン一つ取れてるから、後でつけてもらおう」
「……うん」
 室井は裕を見ずに、さっさと一人で先に行ってしまう。歩幅の差から、二人の距離は広がる一方だ。
(やだよ……先輩!)
 置いてかないで――傍にいて。もう、室井なしでは生きて行けないんだよ。
 嫌われたら、どうしたらいいのかわからない。1センチ、1ミリでも離れたくない。
 転ばないように、慎重に小走りで追いかける。追いついても、また距離はすぐ開く。それでも懸命に追いかける。
 父親の後に続く子供のようだと思った。恥ずかしいけど、置いてけぼりよりはましだ。
 しばらくそんなことを続けていたら、突然室井がピタリと足を止めた。裕はビクッと身を竦ませる。
(うざがられてる?)
 なにを言われても、泣くのだけは我慢しよう。これ以上、室井に子供っぽい姿なんて見せたくない。
 しかし、いくら待っても室井は振り向かない。
(あっ……)
 代わりに、手だけを後ろに突き出して、おいでと手招きをしてるように見えた。
「先輩っ!」
 どうしようかと迷うより早く、裕は室井の手をとっていた。ギュッと握ると、ギュッときつく握り返される。
「ゆっくり歩こうか」
「……うん」
 グズッと鼻を啜ると、室井の眼差しは柔らかくなった。
 許してもらえたのだろうか。あまりに裕の態度が幼いから、呆れただけかもしれない。
 それでもいい。室井が自分を見てくれるなら、どんな理由でも構わないと思った。
 ようやく裕が顔を上げると、コツンと室井が頭に額をぶつけてくる。
「またつまらない嫉妬して、意地悪した……ごめん」
 小声で囁くような謝罪に、胸がキュッとしめつけられる。
「なんで謝るの? 悪いのは俺じゃん! 謝らないでよ!」
 思いがけず弱気な態度を見せられ、裕の胸は室井への愛しさでいっぱいになった。
 こうして手を繋ぐのは初めてだ。大きくて、ちょっと冷たい手。心が暖かい証拠だ。
 どうしようもなく、室井が好きだ。毎日毎日この気持ちは膨らんでいってる。
 きっと、明日は今日よりずっと室井を好きになっているだろう。明後日はもっと好きになる。
「でも、先輩が嫉妬するようなことなんてないからね。俺は先輩だけが好きだから!」
「バカ……そんなこと言って、知らないぞ?」
 ――覚悟しとけよ。
 脅す言葉すら、耳に甘く響いた。まるで、愛の言葉を囁かれているように。


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